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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第三十四夜 闇を越えて
『何故わざわざ安藤の血を入れる必要がある!奴らは妖の血を引いているんだぞ!?』

目の前の襖の間から漏れ聞こえる声。部屋の中には慶長の封印を担う分家の者達がいるはずだ。

『灰吾、当主になりたいのがバレバレだよ〜。ボクは構わないけどね。彼の式神は興味深いし』

そう言いながら笑うのは愛華《あいか》の破戸《ぱと》か…。

(これは…あの時の(・・・・))

まだ花開院家に移ってさほど経っていない頃の出来事…

『下らないんだよ。そんな血筋に拘るなんて、今の状況が分かって言ってるの?』

『わかっておるわ!十三代目の結界が弱り、京妖怪の勢いが活発になりつつある!そんな時に…』

福寿の雅次の言葉に怒鳴り返すのは井戸呂《いどろ》の灰吾だ。

『だからこその決定だろう。呪いの中和がなれば、これ以上血統の存続に悩まされる必要がなくなる。それに彼の力は戦力としても大きい』

受け入れるような発言をするのは封印の筆頭を担う八十《やそ》の秋房。

若い三人は比較的寛容だった。戦場となる現場で共に戦い、その力を目の当たりにしてその強さを知っているからだ。

『ふん…いくら力を持っていようが所詮は妖の血だ』

それに対して否定的な発言をするのは武人系の家系である豪羅。

妖の血…安藤の祖である安倍の血には確かに妖の血が混じっている。

昌彰はその血を否定することはない。十二神将を従えるのは血の誇りだ。

例え誰に否定されようともそれは変わらない。

だが…

『フン…どう言ったところで所詮は実験台に過ぎん…。ゆら共々(・・・・)な…』

(!)

この言葉だけは…

『おい…そんな言い方は…』

『フン…いくら取り繕っても、ゆらも安藤の血を受けるための器だろう…』

湧き上がる感情は…怒り。零れ出すは凄烈な霊力。心を蝕むは殺意に見紛うまでの敵意。

自らはなんと言われようとも構わない。だが…ゆらだけは…

無意識に結んでいた刀印を構えようとして…

「(昌彰兄ちゃん!)」

その右手は、ゆらに引き戻された。

「…ゆら………すまない…」

右手に縋りついたゆらの目に浮かぶのは涙…。だがゆらはフルフルと首を横に振った。

††††

「…昌彰…」

苦痛に耐えるようにしていた昌彰の顔がゆるんだのを見て、ゆらは握っていた手を放した。

『ゆら様…一応治療を』

「…うん…」

天一の声にゆらは反応こそ見せるが昌彰の側から離れようとしない。

「あーもう!いつまでやってるの!」

ゆらの心情を慮って神将達が手を出せずにいる中、氷麗が動いた。

「ごふぁっ!?」

氷の塊を顔に押し付けられてゆらはもんどりうって後ろに倒れこむ。

「まったく…女の子なのにこんなに傷だらけで…」

氷麗はそう言いながらゆらを部屋から引きずり出した。

††††

「全く…こんな怪我、止血と止痛の符を貼って快癒の咒かけとけばすぐに治るんに…及川さんは大げさなんや…」

そう言ってゆらは頭に巻かれた包帯をなぞった。

「(それにしても…)この家妖怪だらけやな…」

屋敷中に満ちる濃密な妖気。

舞い散る木の葉につられ樹上を見れば、妖怪の主…リクオの姿があった。

―――

「よう、傷はもういいのかい?」

樹をよじ登ったゆらに気づいたリクオは笑みを浮かべ、そう問いかける。

「こんなん大したことない…。奴良くん…やっぱり妖怪やったんやな…」

ゆらは改めてリクオの姿を見なおした。身に纏う雰囲気は昼の姿とは異なる…百鬼の主たる畏。

「四分の一はな…夜になればこの姿になる。昼はヒトの姿に戻るがな…」

リクオの血筋は半妖と人間の子、妖怪の血は四分の一しか流れていない。

「半妖…ううん…クォーターなんやな…」

ゆらはリクオの話を聞いてそう呟いた。

「…お前はどうなんだ? 昌彰が異形の血を継いでいることを知っていたのか?」

黙り込んだゆらにリクオはそう切り出す。

リクオも気付いたのは先程だ。四国戦の折は意識が戻ったばかりであり、他の事にまで気を回す余裕も無かった。

だが、先程の陰陽師同士での戦闘。激昂した昌彰の放った力の波動…あれは間違いなく畏。それこそ昌彰が妖の血を引く何よりの証…

「そんなこと…関係あらへん…」

ゆらは既に知っていた。昌彰が異形の血を引くことも…。

“狐の子”…昌彰が妖の血を引くこと、そしてその血を花開院に入れることに対する反感は皆無ではなかった。

特に長老たちの中には頑なな態度を崩さない者もいた。

「妖怪の血を引いていようとお兄ちゃんはお兄ちゃんや。強くて、優しくて…」

その中にあって、昌彰は己の力を示し、自らを認めさせてきた。ゆらは最初こそ圧倒的な力を持つ昌彰に憧れに近い感情を抱いた。

だが…

「……っ…」

“安藤の血を受けるための器”

昌彰が唯一怒りを顕わにし、涙を浮かべたのは自分のせいで(・・・・・・)ゆらまでもが貶められることだった。

『…ゆら………すまない…』

昌彰はそう言って自嘲の笑みを浮かべようとするがそれはお世辞にも笑顔とは言えず…

「そんなお兄ちゃんやから…うちは…」

ゆらの頬を滴がつたう。

「……昌彰の部屋の隣を用意してある…。今夜は泊っていくといい」

リクオはそう言い置くと樹から飛び下りた。

「氷麗たちには俺から言っておく」

「…ありがと…奴良くん…」

―――

「…っ……」

「おっ、ようやく目を覚ましたか」

覚醒した昌彰の顔に影が差した。

「…鴆…さん? なんで…」

一度、青龍達の治療であった鴆がいることに昌彰は疑問を呈する。

「リクオに呼ばれたんだよ。お前が兄貴と闘って倒れたって言われてな…」

「そうですか…ありがとうございます。…ゆらは?」

そう言って起き上がろうとする昌彰を鴆は布団へと押しとどめた。

「隣の部屋で休んでいる。雪女が無理やり眠らせたよ…」

障子から差し込む光がもう既に夜が明けていることを昌彰に告げていた。

「………リクオは…?」

「そろそろ起きるころだろう。会うなら呼ぼう…」

「その必要はないですよ」

鴆の言葉はリクオによって遮られた。

「鴆さん、少し外してくれませんか?」

「…わかった。何かあったら呼ぶんだぞ? ほら、お前らも行くぞ!」

鴆はそう言って部屋を出る。ついでに部屋の外に潜んでいた氷麗や首無達もまとめて連れていった。

「………」

「昌彰さん」

何を言うべきかわからずに沈黙している昌彰にリクオが切りだした。

「昌彰さんも妖の血を継いでいたんですね…」

―妖の血―それがリクオの最も聞きたかったことだ。

「………ああ…」

短い沈黙の後に昌彰は頷いた。

安藤の始祖―安倍昌浩の祖父、晴明は善狐の血を引いている。

それも神に通ずるとされる天狐の血を…

「…だから…助けてくれたんですか?」

リクオも妖の血を継ぐ者、だから…

「それもある。だが…」

昌彰はそこで言葉を切った。

「…仲間だからだ…。人であろうと妖であろうと関係ない…」

リクオと似た境遇である昌彰だからこそわかる。

「俺の祖は人であることを望んだ。それは周りがそう願ったからだ」

安藤の祖となった安倍晴明。彼は人としては強大すぎる力を持っていた。

故に周囲の人はそれを恐れ、疎んじることもあった。

だが、彼の父は、師は、友は、妻は、彼が此岸《こがん》に留まることを願った。

「お前の父は妖であることを望んだ。妖怪の総大将の二代目として、最強の名を手に入れた」

半分人間の血を引く身でありながら、幾多の妖達を束ね、最強の名を冠する組を作り上げた。

「リクオ…お前はどうしたいんだ?」

昌彰はリクオに問いかける。似たような血の宿命を持つ者として。

「お前には妖としても人間としても護りたい、大切な者がいる」

両者の血を継ぐが故の葛藤、矛盾…

「うん…だからどちらも選べない…」

それがリクオの心をがんじがらめに縛りつける。

「だから、だ。人間としても妖としてもありたい。そう願えリクオ」

「え…」

昌彰の言葉、それはリクオにとって虚を突かれた。

「護りたいなら全てを護れ。例え厚かましいと言われようと、それがお前の選んだ道なら…」

両者であることを受け入れるだけではなく、それを願い、両者を守る…

「…俺が言えるのはそれだけだ」

昌彰はそう言って身を起こした。枕元に置かれていた漆黒の狩衣を再び纏う。

「それと………ゆらを助けてくれたこと…感謝する」

そう言い残して、昌彰は部屋を出た。

††††

京都へ…

妖も、陰陽師も古の都へと集う…

古き敵の復活は、再び戦いの幕開けを告げた。




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