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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第三十三夜 鎮める心
―――

「すまない…ゆら」

リクオはゆらへと謝った。助けるのが遅くなったからではない。

(ああ…やっぱり奴良くんやったんやな…)

自分を人間だと言って、護るために戦っていた二人の気持ちを無にしてしまったことへの謝罪。

(昌彰…あれは…)

リクオは焦ったように魔魅流と戦っている昌彰を見やった。

似たような境遇であるがゆえにリクオにはわかる。いや、わかってしまう。

昌彰の放つ焔は凄烈にして苛烈な畏。ともすれば自分も屈してしまいそうになるほどの…。

しかし…その力は昌彰の人としての命を縮めるほどのものだと…。

「っく…。ぬ、奴良くん…」

ゆらはどうにかリクオの腕から起き上がる。しかしまだ辛いのかそのまま膝から崩れ落ちてしまう。

「っと。ゆら、お前は下がってろ」

リクオは慌ててゆらの肩を支えた。

このような状態で戦闘に参加できるはずもない。そのままゆらを廃墟の壁のむこうへ押しやる。

「で…でも…」

ガカァァッ!

「!?」

食い下がろうとするゆらの言葉は突如として鳴り響いた雷鳴によって掻き消された。

「昌彰!」

振り向いたゆらの視線の先。そこには焔を纏い、魔魅流と対峙する昌彰の姿があった。

††††

「『伏して願わくば…来たれ…』」

昌彰は自分の身体が自分でないような奇妙な浮遊感の中にいた。

体内から吹き上がる凄まじいまでの力の奔流。心臓の鼓動の音が嫌に大きく耳に響く。

「『電灼…光華…急々如律令』!」

天から飛来する、先程の魔魅流のものとは比べることが馬鹿らしくなるほどの白銀の稲妻が魔魅流目掛けて叩き落とされた。

「がっ…ぐ…」

魔魅流は両手を掲げた状態で、立ちつくしていた。

自らも雷撃を放ち、相殺しようとしたのだろう。だが文字通り神鳴《かみなり》を相手にして勝てるはずがなかったのだ。

(昌彰!)

微かに聞こえる自身の名を呼ぶ声に昌彰の瞳に自我の色が戻った。

それと同時に身体に反動が襲いかかってくる。

(…っ、…まだ…)

昌彰は崩れ落ちそうになる身体を叱咤した。なぜなら…

「負けない…ボクは…ゆらを…」

雷の直撃を受けてなお、魔魅流の目は戦意を失っていない。その右手は雷撃のパルスを纏っていた。

「めつ」

魔魅流の握り込んだ呪符から放たれる雷撃は先程までの比ではない。

昌彰が喚んだ雷神と肩を並べるほどの雷。それが限りなく殺意に近い敵意を込めて昌彰へと放たれる。

昌彰は背へと収めていた降魔の剣を抜き、魔魅流の放った雷撃を迎え撃った。

ぶつかり合う退魔の力を持つ刃と雷撃。

一瞬拮抗していた両者だったが、その均衡は長くは続かなかった。

光が爆ぜ、魔魅流の視界を焼いた。

「ぐっ!…」

振り抜かれた降魔の剣の剣腹が魔魅流の腹部にめり込む。降魔の剣が魔魅流の雷撃を打ち消したのだ。

チャキ…ドサッ…!

昌彰が剣を引くと支点を失った魔魅流の身体は地に崩れ落ちる。

立っているのは昌彰のみ。だが…

『『昌彰!』』

グラリとよろめいた昌彰も胸元を掴んで膝をついた。

先程まで無表情だった顔が苦悶に歪む。

ドクン…

胸の最奧で新たな脈動が起こる。それと同時に、昌彰の身体から放たれる焔が荒れ狂う。

その焔の烈《はげ》しさに神将達は二の足を踏んだ。

「昌彰!」

最も耳に馴染んだ声が昌彰の耳朶を打つ。

だがそれが誰の声なのか今の昌彰にはわからない。

身の内に宿る焔が、人の命を喰らい、その身を蝕んで外へ出ようと暴れ回る。

人を超えた力はその身を滅ぼす。強すぎる天狐の血は人の命を削る。

「つ…ぁ…」

苦悶の声が細く昌彰の口から漏れる。

『昌彰!』『しっかりしなさいよっ!』

白虎に太陰、朱雀を抱えた天一が駆けよるが、威圧するように放たれる焔の勢いが手を出すことを許さない。

かつての主達の時と同じ…。神将達は自分たちの無力さに憤りさえ覚えた。

神の末席に連なる十二神将といえど、この焔はどうすることもできないのだ。

この焔を抑えることができるのは眷族たる天狐が持つ天珠。もしくは…

―――

(―――っ!)

昌彰は声にならない苦しみに苛まれていた。熱を持たない焔が体内を焦がす。

出来ることならのたうち回りたいほどの苦痛が身体の最奧から沸き起こる。

これが代償。力を解放する代わりに、その命を削り、魂を灼《や》く。

【昌彰…、しっかりして…!】

音の消えた昌彰の耳に、一人の少女の声が聞こえた。

感覚も痛みも伝えなくなった手に、温かい感触が伝わってくる。

顔に感じるのは冷たくも熱い滴。

光を映すことをやめていた瞳を開くと、ぼやけた視界に映る自分の黒い狩衣と対になるかのような白い狩衣。

トクン…

自らの鼓動と呼応するように伝わってくるのは命の証たる鼓動。

「ゆ…ら…」

かつて、闇に落ちそうになる魂を繋ぎとめた微笑み。

かつて、闇に染まりそうになる心を救った声。

そして…自分が護ると誓った存在。

「昌彰!」

身の内に宿る魂を炙る焔が鎮まっていく。荒れ狂っていた焔の波動が収束していく。

何よりも愛おしい者の声が、涙が、そしてその心が。

異形の血に呑まれかけた昌彰の魂を救いだしたのだ。

††††

(昌彰…無事なんだろうな…)

荒れ狂っていた畏の波動が収束していくのを感じて、そちらへと視線を向けた。

「戦いの最中に余所見とは…余裕だな!」

金生水の華―仰言がリクオへと降りかかる。

「チィッ!」

身を沈めて直撃を避け、振りあげた祢々切丸でかわした仰言を両断し、返す刀で目前へと迫った華を叩き斬る。

「しぶといな…。その刀がなきゃとっくに葬っているはずだが…」

微かな違和感を覚えて竜二はリクオの持つ刀を睨みつけた。

仰言は妖刀であっても数回斬りつけただけで刃が鈍るほどの強力なものだ。

それを耐え凌ぐ妖刀となると…

「(まあ、仕留めた後で調べるか…)いくぞ…これが最後だ」

残っている仰言が一斉にリクオに襲い掛かる。

リクオはそれを真っ向から斬り裂き、打ち払う。

「ぐぅっ…」

飛沫に皮膚を焼かれ、苦悶の声を漏らすも、その全てを捌ききった。これで…

「三分間ごくろうさん」

ニヤリと竜二は口の端をつり上げた。同時にリクオを取り囲むように顕れるのは水で描かれた方陣。

「異形のものよ、闇に散れ…仰言―金生水の陣!!」

方陣から吹き上がる水の式神がリクオを呑みこむ。漆黒の羽織がその中に舞った。

「フン…。後はあのバカどもをどうやって止め…」

竜二の言葉は首筋に刃を突き付けられたことで途切れた。

「やれやれ…せっかくカラス天狗達が夜なべして作った羽織がメチャクチャだ」

仰言の水煙が晴れた方陣の中には仰言に焼かれた羽織。

「何故気付いた…?」

竜二は驚愕で呆然としながら呟いた。

「昌彰に言霊について教えられたからな…」

人が放つ言の葉は力を持つ。不用意に放てばそれは言霊となって真実を呼び込む…。そうリクオは昌彰から聞かされていた。

「お前の場合は言霊を以て相手を縛る。言霊を操る陰陽師とはよく言ったもんだ…」

「…ハッ」

問答の間に我に返った竜二は刀印を結び、距離を取ろうとする。だが…

ザンッ!!

リクオは祢々切丸を一閃させるほうが速かった。その刃は容赦なく竜二の身体を通過する。

「ガッ…」

竜二はその衝撃で呻きを漏らすとそのまま地に伏した。

―――

リクオは祢々切丸を軽く払うと鞘へと収める。

「ぬ…奴良くん……」

昌彰を抱え、竜二が斬られるのを見ていたゆらが声をかけてくる。

「安心しな…殺しちゃいねぇ」

その言葉にゆらの顔が安堵に緩んだ。そして自分の顔を伝う涙に気づいて慌ててそれを拭う。

「昌彰の様子は?」

「リク…オ…?大丈夫…だったか?」

蒼白い顔をしながらもどうにか意識を取り戻していた。起き上がろうとするが出来ずに崩れ落ちる。

「テメェがその台詞を言うのかよ…」

昌彰の言葉にリクオは苦笑せざるを得ない。

傍から見ればリクオは服がボロボロ、身体中に傷を負っている。昌彰は服の端々が焦げていたりはするが目立った外傷はない。

しかし、本当に重症なのは昌彰の方だ。天狐の焔に蝕まれた身体も魂もかなり深刻なダメージが刻まれている。

「…まあいい…それよりもあの焔、あれは…!?」

リクオは突如として背筋に感じた悪寒に背後を振り返った。

『『!』』

「えっ!?」

一拍遅れてゆらと神将達も気付いた。

「式神 狂言!!」

廃墟の周囲から、玄《くろ》い水と言うべき式神が立ち昇る。

それらは槍を象り、リクオへと降り注いだ。

『っ!』

間一髪のところで天后がリクオを含めて全員を覆うように水の障壁を張った。

神気を含んだ水は狂言の槍を撥ね退ける。だが…

「魔魅流!」

竜二の声を受けて魔魅流が立ちあがった。

―――

目を覚ました竜二は斬られたであろう部分をなぞった。

予想に反して痛みは全くない。それどころか服にも体にも傷一つ残ってなかった。

(傷がない…まさか、あの刀…)

人間には害を為さない妖刀。竜二が知る中でそれはただ一つ。

「……式神 狂言!」

竜二は仕込んでおいた切り札を解き放った。

玄い水の式神が顕現し、リクオを貫かんと放たれる。

それらは天后の障壁で防がれるが、真の狙いはそこではない。

「魔魅流!」

言霊を込めた名前という呪《しゅ》を紡がれた魔魅流はまるで人形のように立ちあがった。

『なっ!?』

天后は焦って結界を解いた。昌彰が倒れた場所は魔魅流と離れていない。天后の結界は魔魅流をも覆っていたのだ。

結界を結びなおそうとするが間に合わない。

「闇に…滅せよ」

感情のない瞳で魔魅流はリクオを睨みつけると雷撃を纏った右手をリクオへと伸ばした。

「ぐっ…『バン・ウン・タラク・キリク・アク』っ!」

誰も反応できなかった中、昌彰の放った呪符によるが魔魅流を阻んだ。だが障壁は揺らぎ、今にも砕けそうにひび割れていく。

魔魅流はそれを見て、続けて左手を振りかぶった。パルスが左手に纏いつく。

「そこまでだ」

その左手を闇の中から伸びた真紅に輝く赤いヒモが絡め取った。

「それ以上手を出せばボク達も容赦はしないよ」

日が落ち、闇が辺りを覆う中、廃墟の暗がりから生首を浮かべたヒモを操る妖―首無が姿を現す。

「ちっ…もう一人…!?」

首無に気づいた竜二は刀印を構えるが、そこで気付く。

周囲に満ちる圧倒的なまでの妖気…

「バカな…こいつは…」

闇の中から出で来るは鬼。魑魅魍魎の幾多の妖…。

「牛鬼様…あれも…」

壁の残骸の上から見下ろしているのは背に爪をさせている牛頭丸。

「ああ…あれもまた陰陽師だ。尤も随分と好戦的なタイプだが…」

牛鬼もまたその隣に坐し、昌彰達を見下ろしている。

「へぇ…でもあいつの方が強そうに見えますけどね…。今はあそこでへたばってますけど」

そう言って牛頭丸は爪を使って昌彰を指し示す。

「百鬼夜行…てことは…」

辺りを見回して竜二はリクオを睨みつける。

「オレは関東大妖怪任侠一家、奴良組若頭、ぬらりひょんの孫―奴良リクオだ」

リクオは祢々切丸を肩に担ぎ、威風堂々たる名乗りを上げる。

その傍らに控えるのは黒田坊、青田坊を筆頭とした盃を交わした側近たち。

「リクオ様!あぅっ!?」

ようやく追いついたのか氷麗がリクオに駆けよってくるが、落ちている瓦礫にけっつまずいて派手に転んだ。

「及川さん…やっぱり妖怪やったんか…」

ゆらもいつもリクオにくっついていたことからある程度予想していたのか、さほど衝撃を受けているようには見えない。

「!」

その時、首無は魔魅流が拘束を解いていることに気づいた。

昌彰の障壁は既に消滅している。遮られることなくリクオの目前まで迫った魔魅流だったが…

「昨日の続き…ここでやろうか?」

青田坊と黒田坊の二人がそれを食い止める。

「(ちっ…これ以上は厳しいか…)やめだやめ!魔魅流、お前もそこまでにしとけ」

竜二は狂言を竹筒に収めると纏っていた殺気と気迫を霧散させた。

「竜二…それは命令か?」

黒田坊と青田坊に押さえられた状態で魔魅流は問い返す。その間にも魔魅流はリクオへと手を伸ばし続ける。

「この状況で無理に戦うな…。そもそもオレたちはゆら達に伝えることがあって来たんだろうが」

そう言って魔魅流を抑え込んだ竜二はゆらの方を向き直る。

「ゆら、そしてお前もだ昌彰。……秀爾と是人が死んだ」

「!?」「え…」

慶長の螺旋の封印を担う第七、第八の術者の訃報。それが示すことは…

「やつらが動き出した…京都の闇に巣食う妖を束ねる大妖怪――羽衣狐!」

羽衣狐の名が出た途端、場に緊張が走った。

「わかるな、ゆら。この状況に対して当主は全戦力で以て討伐することを決定した。京へ戻ってこいゆら」

竜二はそれだけ言い置いて踵を返した。

「ああ、そうだ…」

魔魅流と共にその場を去ろうとした竜二はリクオへと向き直る。

「ぬらりひょんへの言伝だ。“二度とうちに来るんじゃねぇ。来ても飯は食わさん…!”だとよ。それから…その刀…大事にしろよ」

その言葉を最後に竜二は漆黒のコートを翻してその場を去ろうとする。

「なんだあいつ…」「囲まれてるいるのに逃げられるとでも…」

百鬼の一部が逃がすまいと動くが…

「やめときな!」

リクオの一声にその動きを止めた。

(ちっ…人間の血に敬意を払うのはこれで最後だぬらりひょんの孫…)

苦虫をかみつぶした表情を浮かべ、竜二は夜の闇の中へ消えた。


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あきゅろす。
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