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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第三十一夜 新たな陰陽師の来訪
リクオが若頭として四国の妖怪勢を返り討ちにしたことは妖怪任侠の世界では急速に広まっていった。

弱まっていた奴良組の“畏”の威光は再び回復を見せる。一時奴良組を離れていった者にも帰る者が増えた。

そしてもう一つ…あらたな噂が流れた。

“四国との百鬼夜行大戦の最中に、陰陽師の介入があった”

本来なら妖怪を滅するはずの陰陽師が奴良組の妖怪たちと肩を並べて闘ったという噂が流れ出したのである。

妖怪たちの間で囁かれるこの噂も奴良組の勢いを加速させる材料となった。

敵対勢力の妖怪たちはリクオの勢いを脅威と感じていた。

そして――

††††

―浮世絵町、とある洋館―

廃墟と化した洋館の中で長身の影と小柄な影がその身に纏った黒い外套を翻した。

「ゆらと連絡はついたか?」

背後で妖怪の上げる断末魔をBGMとしながら小柄な方―竜二は相方の魔魅流に問いかける。

「…いやまだ」

長身の影―魔魅流は表情一つ変えることなく短く答えた。

「あいつまさかこんなわかりやすい手ェ使う奴らにまんまとやられたりはしてねーだろーな」

竜二は口を歪めながら呟く。

(だが…あいつ《・・・》もいるか…)

竜二の脳裏をよぎるのは黙って出ていった妹を追っていった男の顔。

それを思い出して微かに不安が薄れるのを感じ、竜二は苦々しげに首を振ると魔魅流の方を振り返った。

「行くぞ魔魅流。ゆらを探すぞ」

竜二と魔魅流、二人の陰陽師は夜の浮世絵町へと足を踏みだした。

††††

町外れの廃ビル。普段から人気もなく近隣の住民からも「お化けビル」などと呼称されている。

実際、ここには若い(妖怪基準で)現代妖怪たちが巣食っていた。

しかし、今はそれら人外の住人すらもいない。針の落ちる音すら聞こえそうな完全なる静寂がそのビルを覆っていた。

そしてその場に対峙する二人の人影。一方は白い狩衣を纏った小柄な少女。

もう一方は黒い狩衣を纏った痩身の少年。二人の間に流れる空気は極限まで張りつめていた。

「貪狼!」

突如として、静寂の中にゆらの声が響く。呪符入れから一枚の呪符を抜き放った。

その声に応えるように放たれた呪符は巨大な狼へと変貌する。

貪狼が眼光を向けた先にいるのは昌彰。

「勾陣!」

静かにゆらと対峙していた昌彰も己の式神を呼び、行動を起こした。

『承知』

一直線に昌彰へと飛びかかる貪狼の前に二振りの筆架叉を携えた勾陣が立ちはだかる。

ギィンッ!!

貪狼の爪と筆架叉が宵闇の空気を切り裂き、火花を散らした。

容赦なく急所を狙ってくる貪狼の爪を勾陣は筆架叉で防ぎ、時には身を捻ってそれを躱す。

『っく!?』

勾陣はゆらから何かが飛んでくるのを視界の隅に認めた。しかし回避しようにも貪狼がそれを許してはくれない。

首元を狙った貪狼の爪を剣腹で受け止め、腹部に突き立てられようとした牙を峰で凌ぐことで身動きを取れない勾陣の下に数枚の呪符が飛来する。

「『爆!』」

飛来した呪符はゆらの一声で発動した。瞬時に勾陣を取り囲み、ほとんど同時に爆裂を引き起こす。

避けようのない一撃。しかし勾陣は自らの神気を爆発させ、後方の爆発を相殺し、押してくる貪狼の力に逆らわずに跳躍することで距離を取っていた。

「…っ!貪狼!」

それに気付いたゆらが未だに爆発の土煙に覆われている貪狼に追撃を命じる。

空中で身を翻して体勢を立て直した勾陣はその牙を真っ向から受け止めた。

「『困々々、至道神勅、急々如塞、道塞…』」

「(縛魔術!?)ッ、式神 巨門!」

こちらに昌彰が向かってくるのを見たゆらは一旦距離を取って、もう一体の式神を解き放つ。召喚されるは随一の巨体を持つ象の式神、巨門。

残っていた廃墟の塀は、巨門に踏み潰されて完全に瓦礫の山と化した。

「『…不通不起、縛々々律令』!」

昌彰が放った呪は縛鎖となって、ゆらを守るように立ちはだかる巨門を地へと縛り付ける。だが…

ビキッ…ピシッ!

「なっ!?」

鎖がひび割れる音に昌彰は驚きの声を漏らす。巨門はその巨体でもって縛魔の鎖を引きちぎったのだ。

「…朱雀!白虎!」

一瞬の動揺の後、昌彰は即座に次の行動に移った。即ち新たな式神の召喚。

『『承知!』』

巨門の目の前に顕現した朱雀が大剣でその牙を受け止める。

巨門はその鼻で朱雀を払いのけようとするが朱雀は力でそれを押しとどめた。

『白虎!』

『わかっている!』

神気を孕んだ風が巨門を抑え込まんと吹き下ろした。

『これで!』

風が新たな鎖となり、巨門は逃れようともがく。手負いの獣のようなその抵抗に朱雀は両腕に力を込め、白虎は鎖の強度を上げることでどうにか封じ込めた。

「式神 廉貞!人式一体!」

その一連の攻防の間にゆらは廉貞を召喚し、自らの腕と一体化させた。

「『放たるる風、さながら白刃のごとく』!」

その隙を突くようにして、昌彰も風の刃を放った。名もなき風神の刃が空を切り裂き、ゆらの下へと飛来する。

「武曲!」

『御意!』

ゆらの一声に応じて武曲は迫る風の刃を槍で払い、鎧で受け止め、弾き返す。

「黄泉送葬水銃ー!」

武曲が昌彰へと突っ込むと同時にその脇からゆらの砲撃が叩き込まれる。

「玄武!」

『承知!』

昌彰も黙ってやられはしない。顕現した玄武の波流壁がゆらの放った砲撃を受け止めた。

だが、武曲の歩みは止まらない。波流壁を槍で切り捨て、昌彰へとむかう。

それに対して昌彰も自ら間合いを詰めた。

『御覚悟!』

昌彰の行動に一瞬焦りを見せた武曲だったが、その剛腕で槍を振るう。

残光たなびく一閃が昌彰の肩口に吸い込まれ…

ギィンッ!

金属同士のぶつかり合う音を響かせて、武曲の槍は横へと逸れた。

昌彰の手に握られているのは両刃の剣、刀身の鋼そのものに退魔の力を封じ込めた“降魔の剣”だ。

『くっ…』

武曲は懐へと潜り込んだ昌彰に咄嗟に石突を横に振り抜いた。懐に入られては槍は使いにくい。

昌彰は身を低くすることでそれをかわす。そして一声呟いた。

「天后」

背後に回った昌彰に武曲は巧みに槍を操り、突きを繰り出す。だが…

『ぐぅっ!?』

槍を振るう腕が、いや全身が水で絡め取られてしまった。

左右には天后に玄武、二人の水将がこちらに手を翳して水を操って武曲を抑え込んでいる。

『助かりました玄武』

天后の言葉に玄武は黙然と頷いた。

周囲に水がない状況では空気中の水分を凝集させて水を呼び出すのだが、玄武はゆらが放った水銃の水を流用したのだ。

『後は…』

そう言って玄武は背後を見やった。

―――

「くっ!」

ゆらは廉貞から昌彰にむけて水銃を連射する。

ザンッ!

「『裂破』!」

それでも昌彰の歩みを止めることはできない。

先程からゆらは手数で圧倒的に押しているのだが、昌彰はそれを剣で斬り、あるいは術で相殺し、あるいは身を捌いて凌いでいる。

もう既にお互いに出せる式神は出し尽くした。残るは術者同士の直接対決のみ。

「(やっぱり正面から撃っても効かへんか…)でも…これならっ!!」

ゆらは廉貞に手を添え、短く唱えた。

「術式改造、散!」

再び廉貞から水銃が放たれる。昌彰は真正面から飛来するそれを斬ろうと刃を正眼に構えた。

だが…

「なっ!?」

ゆらの放った銃弾は飛翔の途中で九つに割れた。銃弾一つ一つは小さくなっているものの、それでも十分な威力を持つ。

慌てて身を捩ってかわした昌彰だが、続けざまに二射、三射目が放たれる。

「っ、『禁』!」

体勢を崩されている昌彰は障壁を張り、防御に回ることしかできない。

豪雨の如く叩きつけられる水銃の散弾に昌彰はその場に釘付けにされる。

「っ…はぁっ…はぁ…」

ゆらの息が乱れ、絶え間ない弾幕となっていた砲撃が一瞬止んだ。

まだ完全に散弾化を制御できていないためか消耗が激しいように見える。

昌彰はそれを好機と見たのか、一気に間合いを詰めにかかる。

散弾は接近してしまえば、十分に広がりきれずにその威力を発揮できない。

(これで最後や…)

正面から突っ込んでくる昌彰に再びゆらは銃口を向けた。

放たれる水銃。飛翔する銃弾は再び九つに割れて昌彰を襲う。

昌彰は動じることなく自分に当たる軌道の弾のみを斬り、ゆらへと突っ込む。

ゆらは続けざまに三発の水銃を放ち、袂を翻した。

三発の銃弾は割れることなくそのまま昌彰の元へと飛来する。

昌彰は冷静に弾道を見切り、身を捌いてそれをかわした。だが…

「『爆』っ!」

次の瞬間背後から(・・・・)の爆裂が昌彰を襲った。

「がっ!?」

銃弾の陰に隠れるようにして飛来した呪符。昌彰の背後に回ると同時にゆらは呪符を起爆させたのだ。

「(やった…?)なっ!?」

勝ったかと、ゆらが気を緩めた次の瞬間、昌彰の身体が急激に燃え上がった。焼け焦げた霊符がヒラヒラと宙を舞う。

「(式…ってことは本体が…)っ!?」

ゆらが気づいた時には既に身体が宙に浮いていた。

「ぐっ!」

咄嗟に受け身をとったゆらだったが、衝撃に思わず呻きを漏らした。

目を開けた時にはその喉元に降魔の剣が突き付けられていた。

「……っ…参りました…」

見下ろす昌彰にゆらは負けじと睨みつけていたが、そう言うと全身の力を抜いた。

「ああ、お疲れ様ゆら。立てるか?」

昌彰も刃を収めると張りつめていた緊張を霧散させ、ゆらを抱え起こした。

††††

『どうだい?みんな見つかったかい?花開院さんと安藤さんは!!』

「あのねー!!浮世絵町中を探すったって広いんだからムリだよ〜」

無線越しに聞こえる清継の声に巻が怒鳴り返す。

鳥居はゴミ箱を覗き込んでいるが猫じゃあるまいし…

『そんなことないよ!!あきらめなければいつかきっと通じ合えるさ。早くしないと夏休みが終わってしまうよ』

そう言って清継は一方的に通信を切ってしまう。

「無茶言うよな〜清継くんは…みんなでゆらちゃんと安藤さんを探すなんて…」

「妖気でも感じ取れればいーんだけどね〜」

そう話す巻と鳥居を尻目に氷麗は消えたリクオを探して視線を巡らせた。

(リクオ様…一体どちらに…?)

††††

(やっぱりまだ勝てへんか…)

ゆらは溜息を吐きつつ自分の両手を見下ろした。

「ほい、ゆら」

「ひゃうっ!?」

いきなり頬に冷たい感触が襲い、ゆらは小さく悲鳴を上げた。

「あ、ありがとうお兄ちゃん…」

ゆらは差し出されたスポーツドリンクを受け取った。

その隣に昌彰も腰を下ろす。

「散弾か…よく考えたな、ゆら」

微笑みながら自分のペットボトルを口に運ぶ。

「でも…」

結局は勝てなかった…。全力ではないとはいえ、ここ数日にわたる修行の模擬戦では一度もたりともゆらが昌彰に勝てた試しがなかった。

「仕方ない面もあると思うが…」

元々ゆらと昌彰の戦いの相性が良くないというのもある。

「やっぱ接近戦の訓練もすべきなんかな…」

ゆらとて最低限の体術は身につけている。

とはいえゆらの戦いのスタイルは中距離に特化している。

前衛は完全に式神に任せているため式神を無力化されればかなり厳しい。

「…そうでもないだろ。ゆらは攻撃的な術に特化してるんだ。強みを生かす方がいい」

「でも…」

ゆらの脳裏に甦るのは、先日の戦いで対峙した妖怪―玉章。そいつの持つ異様な刀だった。

ゆらの式神はその一閃で無力化されてしまった…。

(あの時…あいつがおらんかったら…)

あの時、妖怪の総大将―リクオが割って入らなければ確実にゆらと昌彰の命はなかった。

『そんなのお前の兄貴が望むわけねーだろーが!』

妖怪の総大将から言われた言葉…まるで昌彰の事をよく知っているような台詞だった。

その時も、学校でも、最初に会った一番街の時も…昌彰と共に、肩を並べて闘った。

「ゆら?」

黙り込んでしまったゆらに昌彰は視線を向ける。

「なあ…お兄ちゃん…。お兄ちゃんは…あいつの事を「やっぱりこっちにいたんですか。昌彰さん、花開院さん」…奴良…くん?」

ゆらの問いかけはリクオが現れたことで遮られた。

「よくここがわかったなリクオ」

相手がリクオだとわかって警戒を解いた昌彰は苦笑混じりにそう問いかけた。

「なんとなくですけどね。学校にほとんど来てないらしいから心配しましたよ」

「最低限の出席日数は確保してるからな…。一人か?」

昌彰は氷麗の姿がないことに疑問を浮かべ、そう問いかけた。

「ええ、清継くんの提案で手分けして二人の事を探してて…。また旅行の計画を立ててるみたいで」

「また無断で…まああいつらしいと言えばあいつらしいが…」

そう言って清継に対して苦笑を漏らす昌彰とリクオを見て、ゆらの脳裏に四国戦の折に感じた疑問が再び甦った。

(あいつの言葉…お兄ちゃんをよく知ってるみたいやった…それにあの時…)

巨大な狸妖怪と共に現れたリクオの祖父―ぬらりひょん。あの状況で無関係であるとは考えにくい。

(アカン…一度疑うと悪い方に辻褄があってまう…でも…)

「ゆら」

ふとその場に新たな人間の声が割り込んだ。

「やっと見つけたぜゆらぁ…」

残された塀の残骸の影から現れたのは黒いコートを纏った小柄と長身の二つの影。

「…竜二兄ちゃん…?」

ゆらの兄にして昌彰の義兄…花開院竜二の姿だった。


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あきゅろす。
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