ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第二夜 清十字怪奇探偵団加入 改訂版
一夜明け…
「ゆら、起きろ。遅刻するぞ」
ゆらは目覚ましでなく、昌彰の声によって目を覚ました。
「うぅん…あ、おはよう。お兄ちゃん」
起きたゆらの目に最初に入ったのは紺色のエプロンをつけた昌彰であった。
「おはよう、ゆら」
「ふぁ…なんでエプロンなんて着けてん?」
「似合わないか?」
欠伸を噛み殺すゆらにそう言って昌彰はエプロンを外した。既に制服に着替えており、後は学ランを着るだけだ。
「べ、別に似合わんとはゆうてへんやん…それにまだ七時にもなってないし…。もう少しゆっくりできるやろ?」
時計を確認してみればいつも目覚める時間にすらなっていない。
「転校初日だぞ? 職員室に挨拶に行ったりするから八時過ぎには来いって昨日言われただろう?」
「あ…」
急な転校だったため色々と手続きに時間がかかり、教職員に対する説明やらも今日になったのだ。
その辺の説明はゆらが昨日聞いていたはずなのだが、忘れていたらしい。
「いいからまずは飯を食え。片付けられないからな」
そう言って昌彰はゆらを布団から追い出した。
「朱雀、布団の片づけを頼めるか?」
昌彰は胸元に手をやり、式神を喚ぶ。
『毎回毎回、雑用に呼ぶな…』
その声に応じて顕現するのは燃えるような赤毛の短髪に金色の瞳を持った外見が十七歳くらいに見える少年の神将。
同族を裁く唯一の力を持った火将、朱雀。
「嫌か? それなら仕方ない。天一に…」『俺がやる』
主の言葉を遮って朱雀は布団を畳みにかかる。
「相変わらずだな…そうだ、湿気がこもらないように乾かしておいてくれよ?」
布団は起きてすぐに畳むと湿気がこもって虫がつきやすくなるのだ。
『いちいち細かいな』
朱雀はそう言いながらも炎の神気を解き放ち、布団に籠った湿気を追いだす。
「言うな。性分だ」
昌彰はそう言って台所へ向う。ゆらは既に席について朝食をかき込んでいた。
「うまいか? ゆら」
「ふっごふふまいふぉ、ふぉみいふぁん!」通訳(すっごくうまいよ、お兄ちゃん!)
「そうか、ならよかった」
そう言って笑うと昌彰も自分の椅子に座る。箸を手に取り黙々と食べ始めた。
ちなみに本日のメニューはご飯に味噌汁、目刺の干物を炙ったもの、もやしとほうれん草の胡麻和えである。
さすがに毎日TKGでは栄養が偏ってしまうから仕方ない。
「ふぅ〜、ごちそうさま」
食事を終えてゆらが一息ついた。
「食べ終わったら食器を片付けて着替えて来い。俺はもう準備終わってるから」
「わかった」
食器を台所へ片付けてゆらは自室へと戻った。朱雀は既に隠形し、霊符に戻っている。
「さてと、天后」
『お呼びですか?』
応じるのは昨日駅や学校で応えた女性の声。顕現するのは銀髪翠瞳のたおやかな女性の神将。水を自在に操る水将、天后。
「ああ、後片付けの手伝いを頼む」
『かしこまりました』
天后がそう言うと同時にシンクにある皿に水が絡みついた。
瞬く間に表面の汚れは水に吸い取られ、一分もたたないうちに皿洗いは完了した。
『終わりましたよ昌彰様』
「さすがだな。毎度ながら助かるよ」
『もう慣れましたよ…』
天后はそう言うと軽く息を吐き出した。最初に頼まれた時は思わず聞き返したほどだ。
『初代以来ですね、こういうことをさせるのは…』
「初代って晴明様か?」
食器を棚に仕舞いながら昌彰が訊く。
『ええ、最初の方こそ我らの力をむやみに使おうとはなさいませんでしたが、慣れてくると随分と色々なことをさせられました…』
天后もグラスを片付けながら昔を懐かしむように視線を宙に漂わせた。
「いろんな事って?」
『奥様を迎えられる前は炊事洗濯を、若菜様が亡くなられてからはお子様の吉平様と吉昌様の子守りもさせられましたか…』
「子守りか…天后だけが?」
『ほとんど全員でしたね。主に私と天一がつくことが多かったですけど。青龍も手伝ってくれたことがありましたが…」
「…ああ、その先はなんとなくわかる気がする…」
天后が言葉にしなかった部分を昌彰は正確にくみ取った。
見ていてほしいと頼まれて本当にただ「見ていた」だけだったとかいうそんなオチだろう…
「皆赤子の世話などしたことがなかったものですから…お孫さんができてからは…』
そう言って天后は一旦言葉を切った。
「どうした?」
『いえ…一人だけ意外な者が子守りをしたことがありましたね…』
「意外…誰だったんだ?」
『騰蛇です。そしてその子供は私達十二神将の二代目の主…安倍昌浩様です』
「トウダ? 騰蛇ってあの十二神将最強にして最凶といわれた…」
未だに自分が召喚できない十二神将最強の男の名に昌彰は驚いた。
分御霊の継承の際に一度見たきりだが、あの凄まじいまでの神気の波動はよく覚えている。
『ええ、昌浩様を最初に後継と認めたのも騰蛇でした…』
そう言いながら天后は遙か過去へと想いを馳せる。
「お兄ちゃん! 準備できたよ、ってまだ片付いてないん?」
天后の話を遮るようにゆらがドアから顔を出した。
「あ、悪い。すぐに片付ける。天后、その話はまた今度聞かせてもらっていいか?」
『もちろんです』
失礼しますと言って天后も隠形した。
昌彰は急いで残りの食器を棚に仕舞い、自分の部屋に戻って鞄を取って来た。
部屋を出て鍵をかけて階段を駆け降りるとゆらが待っていた。
「すまん、ゆら急ぐぞ」
「うん!」
二人は揃って駆けだした。日ごろから鍛錬を積んでいるだけあって速い。瞬く間に駅への道を駆け抜ける。
††††
「ああ、安藤君に花開院君か。入ってくれ。職員の皆さんにも紹介しておきます。京都から転校してきた安藤君と花開院君です」
職員室へ入ると眼鏡をかけた白髪交じりの教頭が招き入れて教員その他の職員に紹介してくれた。
「安藤昌彰です。今日からお世話になります。よろしゅう頼みます」
前に立った昌彰が一礼する。特にこれと言った反応もない、いたって普通だ。
「花開院ゆらです。兄ともどもお世話になります。どうぞよしなに」
『…?』
続けて挨拶したゆらの兄という単語に部屋の空気がざわめいた。
あからさまに苗字の違う二人が兄妹だというのは当然事情があるのだろうということで深く突っ込んでこそこなかったが…
「ゆら…」
昌彰としてはできる限り兄妹であることは伏せておいた方が何かと都合がいいのだが…
「何? お兄ちゃん」
(隠す気ないな…)
素で首を傾げたゆらに昌彰は溜息を押し殺した。
「ああ、そうそう。お二人は名字こそ違いますが兄妹ですので」
昌彰が沈黙している間に教頭が思い出したように付け加えたせいで確実に兄妹だと認識されてしまった。
(まぁいいか…)
教職員なら守秘義務もあるし迂闊には漏らすまい…昌彰はそう考えて何も言わずに口を閉じた。
「それでは二人は担任の先生に…「ちょっとよろしいですか教頭先生」…何でしょうか管野先生?」
「いえ、少しばかり安藤君の髪型が気になったもので」
(うわ、やっぱりいたよ。こういう奴…)
昌彰は顔にこそ出さないが心の中では相当な渋面を浮かべた。
「これですか?」
そう言って昌彰は学ランの中に隠していた髪を取り出して見せた。背中の中ほどまで伸びたくせのない髪の束が翻る。
「随分と長いですね…悪いがここの校則では…「宗教上の都合ですが何か問題でもありますか?」…なに?」
発言を途中で遮られて管野とかいう教師は昌彰を睨みつけた。
「うちは代々神社の神主をしています。神前に出る際には髷を結って烏帽子を被るのが正装です。それでも髪を切れと仰いますか?」
昌彰も負けじと睨み返す。こんなもの妖怪との睨みあいに比べたら屁でもない。
実際に髪が長い方が霊性が強まるのだから仕事上の都合と言い換えてもいいのだが。
「花開院君。そのことは本当かね?」
管野はいちいち細かかった。完全に傍観者になっているゆらに唐突に質問をぶつけてくる。
「え、あ、はい。本当です」
今度はゆらも空気を読んでくれたらしい。素早く合わせてくれた。
「管野先生、確かに安藤君の家は神社の神主です。宗教上の都合ということで問題はありません」
事情を知っている教頭も援護射撃をしてくれる。
(さっきは気が利かないとか思ってごめんなさい…)
昌彰は心のなかで教頭に対する評価を改めた。さっき兄妹だとばらされたのを少し根に持っていたようだ。
「…そうですか。なら結構です」
やや憮然とした表情で管野は椅子へ座った。
「では、中山先生、安達先生。よろしくお願いします」
『わかりました』
女性と男性の教師がそれぞれ応じた。
「よろしく。安藤君」
「よろしくお願いします。安達先生」
昌彰は随分と上にある顔を見上げながら言った。昌彰も身長は百七十センチはあるから決して背は低い方ではない。むしろ中学生としては高い方だ。
だが、向かい合う安達は間違いなく百九十近くあった。それでも威圧感が無いのは顔に浮かぶ微笑みのせいだろうか。
教師というよりむしろ友人として生徒達に接しているような雰囲気があった。
「それじゃ、お兄ちゃん。また後でね」
「ああ、帰りにな」
そう言ってそれぞれの担任に連れられ、昌彰は三階の二年の教室に、ゆらは四階に向かった。
「それにしても、君もやるね」
教室に行く道すがら安達は昌彰に感心したように話しかけた。
「何がですか?」
おそらくはさっきのやり取りだろうなと思いながらも一応聞いてみる。
「さっきの管野先生とのやり取りだよ」
安達は「わかってるでしょ?」的な視線で微笑む。
「まずかったですか? 先生の面子丸潰れにしちゃいましたし…」
昌彰がすまなそうに言うと安達は思わず吹き出した。
「君は優しいな…あれくらいでちょうどいいよ。何かとあの先生は生徒に難癖をつけることが多くてね…ここだけの話、教員たちの間でもよくは言われてないからね」
「はぁ…そうですか」
そんな話をぶっちゃけられたところでどう反応すればいいのかわからない昌彰である。
あまり昌彰に限らず、陰陽師は他人を悪く言うことは好まない。悪意を持った言霊を放てばそれは巡り巡って自分の身へと降りかかる。
「まあ、気をつけた方がいいよって話だ。結構執念深いからね」
「…気を付けときます」
昌彰がそう返した時にはもう教室の前についていた。
「ここで待っていてくれ、呼んだら入って来るように」
漏れ聞こえてくる話声からそれなりに賑やかなクラスのようだ。
「おはよう皆」
あちこちから、おはようございますと声が上がる。
(あの性格なら生徒からも好かれてるだろうな…)
昌彰はいい担任にあったなと心の中で喜んだ。
「…では、最後に転校生の紹介をする」
ええぇ〜と驚きの声が廊下にも聞こえた。なにせ昨日の夕方急に決まった転校だ、連絡は何もなかったんだろう。
「入ってくれ」
昌彰はその声と同時にドアを開け、教室へと足を踏み入れた。
翻る黒髪に女子からは羨ましそうな視線が、男子からは奇異の視線が降り注ぐ。
「京都から転校してきました。安藤といいます。フルネームは安藤昌彰。どうぞよしなに」
昌彰はゆらを真似て締めてみた。京都から来たといった手前、少し方言を混ぜた方が効果的だろうという判断だろう。
「ちなみに以前の学校では剣道と薙刀と合気道をやっていました。ここの学校にどれだけの実力者がいるかとても楽しみにしています」
にっこりと一見爽やかな、しかし相手を威嚇するような笑みを顔に張り付けた。
女子は大抵好意的に受け止めたようだが、一部男子は思わず目を逸らした。威嚇の面を感じ取ったのだろう。
「それじゃ、皆仲良くするように以上で朝礼終わり」
定番の台詞を言って、安達は教室から出ていった。
(さてと…)
昌彰は自分のクラスの状況を把握しようと視線を巡らせたが、既に周りを他の生徒から囲まれていた。
「ねえ、安藤君。質問していい?」
大半が女子生徒なのは何故だろう?などと、男子に聞かれたら殺意を抱かれそうな考えを昌彰は心の中で呟いた。
「構わないよ(まあ早く溶け込めるならそれに越したことないか…)」
そう思いつつ、昌彰は次々に浴びせかけられる質問に応えていった。
「何月生まれ?」
「四月十六日で牡羊座」
大体進学したばかりの時は新しい友達から祝ってもらえない誕生日だ。誕生日の早い人たちは結構わかってくれるだろう。
「血液型は?」
「B型だ」
「うそ〜」とか「そうは見えない」とかいう言葉が周りから聞こえた。
「別に俺は血液型占いは信用していない」
昌彰はぶっきらぼうにそう言った。
「占いとか嫌い?」
「いや、きらいじゃないが…」
むしろ占いは本職だと思わず言いそうになってしまった昌彰である。
「じゃあ好きな女の子のタイプとか?」
「…特にない。強いて挙げれば自分の背中を任せられるやつがいい」
一瞬沈黙してゆらを思い出し、背中を預けられるやつと口にしていた。
「好きな料理は?」
「…卵かけごはん…」
微妙に笑いを漏らした男子がいたので睨みつけておいたら静かになった。
「じゃあ、彼女とか前の学校にはいなかったの?」
「前の学校には彼女はいなかったな…」
きゃっとか言う悲鳴が漏れたのは何故だろう? などと考えながら他にも飛んでくる質問に答えながら昌彰の朝のHRは過ぎていった。
††††
―放課後―
「安藤君。一緒に帰らない?」
帰宅の準備をしている昌彰に何人かの女子が連れだって誘ってきた。
「悪い、今日は用事があるんだ」
「ええ〜」とか不満そうな声が上がるが、そうはいっても昌彰にも事情がある。
今日の夕飯の買い出しに行かなければならないのだ。
素早く教室を脱出し、下駄箱へ向かう。
「ん?あれは…」
ゆらと合流すべく一年の下駄箱に向かっていると、何やら連れ立って歩いていく一団があった。
「行くぞ。清十字怪奇探偵団!」とかいう声が聞こえてくる。
「あれが噂に聞く清継とかいう奴か…」
昼休みに色々とこの学校の事を聞かされていた。その中に一年で才能があるくせに趣味と髪質が残念な男がいると聞いていたが何やら奇妙な団体まで結成してしまったようである。
「あんまりお友達にはなりたくないタイプだな…」
そう言ってさっさとゆらを探そうとしていると…
「花開院君という新しいメンバーも加わったことだし、今日は幸先がいい!」
「!(花開院か…この名字がこの学校に二人もいるわけがない…よな?)」
溜息を吐きつつ、その一団の方を振り向いてみればそこには案の定ゆらの姿もあった。
怪奇と銘打つくらいだ。妖怪関係の話でもしてたんだろう。ゆらとしては聞き過ごすことができなかったに違いない。
溜息を吐きつつ昌彰はそちらへと足を向ける。
「俺も混ぜてもらっていいかな?」
「もちろん! って誰だい君は?」
勢いで頷いた清継が改めて声のした方を振り返った。ゆらも昌彰に気付いたが、素早く唇の前に人差し指を立てると黙ってうなずいた。
「二年の安藤昌彰という。君の噂はよく聞いているよ、清継君」
「二年生? ということは先輩ですか?」
一応年長者には敬意を払うのだろう、清継は敬語で話しかける。
「まぁそうなるね。ああ、敬語は使わなくていいよ。面倒でしょ? よろしく」
昌彰はそう言って手を差し出す。
「そうですか…そう言えば噂って?」
「うん、なかなか妖怪に詳しくて色々やっている人だってね」
主に残念なことが多かったが…と昌彰は心の中で呟いた。
「それは嬉しいな。こうして活動の輪が広がっていくことはいいことだ! ぜひとも安藤さんも我が清十字怪奇探偵団に参加してほしいんだが」
「構わないよ。面白そうだしね」
こうして、昌彰は清継が率いる清十字怪奇探偵団に加入することになった。
(清十字怪奇探偵団ねぇ、ネーミングセンスは最悪だな。まぁ、下手なことやって妖怪に襲われたら目覚め悪いしな…)
この時、まだ昌彰は気付かなかった。メンバーの中に昨日の気配の主がいることに…
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