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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第一夜 浮世絵町へ  改訂版
 東京―この国の都《みやこ》にして帝のおわす地。そして…闇を統べる妖怪の総大将の住まう土地でもある。
 そんな東京の地に一人の少年が降り立った。
 ボストンバックを下げた少年は大きく伸びをして、長旅で凝り固まった体をほぐすように首と肩を回すとフッと息を吐き出した。
 たったそれだけの動作だが、スッと少年の纏う空気が鋭さを帯びる。
 だが一瞬の後にはその雰囲気を霧散させて表情を緩めた。

「三時過ぎか…今から本家に顔を出しても誰もいないかな?」

 時計を見ながら少年は誰もいない空間へと言葉を発する。
 独り言にしては些か大きいそれに、徒人には聞こえぬ女性の声が応えた。

『そうですね…昌樹さまも若明様も今なら公務についておいででしょう』

 お会いしていきますか?と問うその声に少年−昌彰は少し考えて首を振った。

「いや、入るのも面倒だし挨拶なら後で構わない。それよりも今はゆらに合流しよう」

 そう言って昌彰はバッグを肩に掛け直すと改札へと向かって歩き出した。

††††

 転校に必要な書類を提出し終えたゆらは、手続きが終わるまでの時間校舎内を見て回っていた。

(いたって普通…いや霊気が多少強いくらいか…)

 見た限りでは普通の学校と大差はない。校庭には部活を始めている生徒達の声が響いている。

(いや、油断はあかん。ここは浮世絵町…妖の総大将が住まう街や。まずはきちんと基盤となる場所を確認せんと…)

 人が多く集まる場所は気が溜まりやすい。
 特に学校など若い人間が多い場所や病院といった何らかの病を抱えた人間が多い場所。
 若い生命力を狙う妖や、死にゆく者の命の欠片を喰らう妖が集まることもある。
 その為に警戒しておいて損は無いのだ。
 一通り見て回ったゆらは事務室へ戻ろうとした。

「ゆら!」

 背後から名前を呼ばれ、ゆらはピクッと肩を震わせる。
 だが、読んだ声の主に思い当って慌てて振り返った。

「お、お兄ちゃん!? なんでここにおるん!?」

「随分な御挨拶だな。かわいい妹が心配で碌な準備もせずに追いかけて来たんに…」

 昌彰の言葉にゆらは頬を染め、辺りを見渡して他に人影がないことを確認した。

「とりあえず事務室に戻ろうや。俺の書類も提出してあるし」

「あ、う、うん…」

 踵を返した昌彰をゆらは追うように足を早めた。

「しっかし、なんでまたわざわざ一人暮らしを選んだんだ? 浮世絵町なら安藤家《うち》から通うこともできるだろう?」

「そ、そやかて修行に行くんやもん。そんなに甘えてばっかおったらあかんおもて…」

 ゆらは慌てたように言い繕う。

(お兄ちゃんが来てくれた…。嬉しいけど、また頼ってしまいそうや…。せっかく自立するために一人暮らしを選んだんに…)

 先を歩く義兄の背を追いながらゆらは嬉しさ半分、困惑半分といった複雑な感情に苛まれていた。

「(だいたいお兄ちゃんは優しすぎ…)ワプッ!?」

 思考に没頭していたゆらは事務室に着いたことに気づかず、立ち止った昌彰の背中に突っ込んでしまう。

「大丈夫か? ゆら」

「へ、平気や。ウチが書類受け取ってくるな!」

 赤くなった顔を隠すようにゆらは事務室へと駆けこんだ。

「何をやってるんだか…。青龍、天后。お前達から見てここはどう思う?」

 昌彰は駅の時と同様に視線を虚空へと向けた。

『些か妖気が濃いかと…』

『あちらの本拠の街であることを差し引いたとしても気にかかる』

 天后と青龍の言葉に昌彰は無言で頷いた。

「っ!?」

 刹那、昌彰は背後を振り返った。その視線の先、非常口の開いた先に見える裏庭には誰の姿も見えなかった。だが…

「青龍…今…「お待たせお兄ちゃん…どないしたん?」ゆら…終わったのか?」

 今にも駆けだそうとせんばかりの昌彰を事務室から戻ったゆらの声が呼びとめる。

「なんかあったん?」

「いや…」

 昌彰はもう一度だけ振り向くとゆらへと向き直った。

「帰ろうか…土産もあるし」

「おみやげ? ってお兄ちゃんはどこに…」

 首を傾げるゆらに、昌彰は先程までの張りつめた空気を霧散させて微笑む。

「お前と一緒に住むに決まってるだろ」

「一緒にって………えぇっ!?」

 昌彰の言葉にゆらは再び顔を上気させて動きを止めた。
 今までも兄妹として一つ屋根の下に暮らしてきたが狭いアパートでの二人暮らしとなれば話は違う。

「一応俺が面倒をみるってことになるだろうがな」

「うちも一通り家事くらい出来るんやけど…」

 苦笑混じりに世話をするという昌彰にゆらは少し不満げに呟く。

「それじゃ…夕飯をリクエストしても構わないかな?」

「うっ…え、ええよ」

 言質を取った昌彰はニヤリと笑い、ゆらの傍へ身を屈めた。

「久しぶりにゆらの作った卵かけごはんが食べたいかな」

 思いがけないメニューにゆらは目が点になった。

「お爺様秘蔵の溜り醤油をもらってきたんだ」

 昌彰はバッグから黒い液体入りの瓶を取り出し振って見せた。

「…おじいちゃんに怒られるんとちゃう?」

「気にするな。少し減ったくらい気付かんだろ」

 実際は気付かれて、本家に居る全員が取り調べを受けたことを昌彰とゆらは帰ってから知るのであった。

「ほら、急ぐぞゆら!」

「うん!(ほんとにお兄ちゃんは優しいんやから…)今行く!」


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