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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第九夜 終結 〜答えと決意〜
††††

『くぅっ…』

四方を囲まれた天后とゆらは完全に防戦一方になっていた。と言うのも…

「天后!?大丈夫なん?ちょっ、二人とも離して!」

「ははは!そうだ、殺さずに操るってのもありだよな!(これで牛頭丸よりも先に勝利の報告ができる!)」

馬頭丸の糸によって操られた巻と鳥居がゆらにもたれかかり、湯の中へ押し沈めようとしているのだ。

そのせいで禄存は呪符に戻り、貪狼と新たに放たれた落ち武者の式神、武曲も不安定な状態になっている。

『人間を操る妖術…いえ、糸ですか…』

天后は操られた二人に繋がる不可視の糸の存在に気づいた。その糸を断てば巻達は正気に戻る。

しかし…

グァァッ!!

『激流破!』

鬼達の攻勢がそれを許してくれない。禄存が消えたことによって数による優位は消えている。

「ちょっと、二人ともどこに…きゃっ!?」

ザバンッ

『『ゆら様!?』』

武曲と天后が慌てて振り返ると、ゆらは巻達に押し倒され、完全に湯の中へと没していた。

「今だ!行けっ!」

馬頭丸の命令に鬼達は即座に行動に移る。

ゆらが倒れ、弱っている貪狼と武曲を薙ぎ払い、ゆらへとその爪を、牙を、拳を伸ばす。

『させません!』

湯が一気に溺れたゆらの周囲に立ち上り、障壁となって爪や牙、拳を食い止めた。

「畳みかけろ!」

貪狼と武曲が消え、天后もゆらを護るので手一杯。これを好機とみて、馬頭丸は配下の鬼達に止めを命じた。

(厳しいかもしれませんね…)

鬼達が一斉に両の拳を振り上げる。

ドガァッ!グシャッ!ズドンッ!

「えっ!?」

地に叩き伏せられたのは鬼達の頭、そしてそれには錫杖が突きたてられていた。

「ゲボッ!?」

何が起きたか分からずにいる馬頭丸の顔に錫杖が一閃。

派手に水しぶきを散らしながら温泉へと叩きつけられた。

「ゴホッ!ハァ…ハァ…天后…いったい何がおきたん?」

なんとかゆらが意識を取り戻した。目の前に転がっているのは錫杖を突き刺して転がる鬼達だった。

『…天狗?』

天后は自らの障壁越しに新手の姿を確認した。それが奴良組本家の者であることも。

ザパッ

「ブハァ!!何しやがる!!?」

湯の中から必死で馬頭丸は顔を出した。

「小僧。自分が誰に口をきいているかわからんのか?ワレらは鴉天狗の一族…知らぬわけではあるまい」

そう言うのは鎧を纏い、錫杖を携えた漆黒の鴉、黒羽丸。

「カ…カラス天狗!?本家のお目付け役がどうしてここに…ハッ」

『ゆら様…巻様と鳥居様もお下がりください』

後ろから漂う殺気に振り返った馬頭丸が目にしたのは怒りの神気を漂わせた天后の姿。

「汚らわしい…女湯を襲う妖か…」

再び視線を前に戻せば怒りの妖気を漂わせた眼鏡をかけた女性の鴉、ささ美。

「あ、いや…」

「小僧、てめぇに聞きたいことがある。だが…今は若の捜索が先だ。ささ美、ここは女子のお前に任せる。俺たちは若を」

弁解しようとする馬頭丸を完全に黙殺し、黒羽丸ともう一体の鴉、トサカ丸は天へと舞い上がる。

「わかった、気をつけて」

そう言いながらささ美はロープと鞭を取り出した。素早く馬頭丸の足を縛り、露天風呂の軒下に吊るしあげる。

『私もお手伝いいたしましょう』

ゆら達が脱衣所に避難したのを見届けた天后も水を鞭状に操って、微笑みながらそれに加わった。

††††

ピシャァァッン!!

「ひゃっ!?…どうしよ…雨も降ってきちゃった…」

カナは木の枝の影になっている石段に腰かけていた。

「及川さんも気を失ったままだし…このままじゃ」

ガガァァンッ!!

「きゃぁっ!…ホントどうしたら…」

ガサガサッ!

「何っ!?」

突如として動いた背後の茂みにカナは驚いて振り返った。

「リクオ!って、家長か!?なんでここに!?」

茂みから風を纏って飛びだしてきたのは白虎と青龍を従えた昌彰だった。

再び護符の波動を頼りに追ってきたのだ。二枚の護符の反応が同じところにある。

だからリクオと氷麗が一緒にいるものと思っていたのだ。

「え、えっと…さっき、及川さんを抱えたあの人が来て…」

(!リクオのやつ、一人で決着をつけに行きやがったな…)

最初に鬼達が襲ってきた時、昌彰は自分達陰陽師への襲撃かと思っていた。

だが、氷麗とリクオに渡した呪符が発動したことを先程の戦闘中に微かながらに感じた。

まさかと思って来てみればそこにいたのは氷麗とカナで…

「青龍、家長達を別荘まで警護してくれ」

昌彰はカナの話を聞いてリクオの目的を理解し、背後に控える青龍を振り返った。

『…俺は天后の下へ行く。そのついでだ』

ぶっきらぼうに青龍はそう言った。昌彰に対してあれだけの襲撃があったのだ。

それならゆらの方にも何らかの襲撃があった可能性が高い。天后一人で持ちこたえられているかどうか…

「青龍、天后だけじゃない。ゆらもいるんだ…信じてやってくれ」

『…わかった』

青龍も本音ならば担いでいる清継を今すぐ放り出してでも天后の下に駆け付けたい心情だろうに、昌彰の言葉を受けて幾分か落ちついたようだ。

「白虎、山頂へ向かうぞ。そこにあいつもいるはずだ」

『御意』

昌彰の命令で再び風が渦巻いた。

「ま、待ってください!(あいつって、あの人のことなの?)」

カナが呼びとめるもその声は風に呑まれ昌彰には届かなかった。

『家長といったか?そいつを寄こせ、抱えていく』

「あ、はい。ありがとう…ございます」

青龍は左手で清継を肩に担ぎ、右腕一本で氷麗を抱えた。

『急ぐぞ』

そう言って人を二人抱えているとは思えないほどの軽やかな動作で石段をかけのぼる青龍。

「え?ちょっと待ってくださいよ!」

カナは慌ててその後を追った。さすがにここに一人残されるのはご免被りたいらしい。

††††

−捩眼山山頂−

(遅い…)

牛鬼は何の知らせも無いことを訝しんでいた。

腹心の牛頭丸と馬頭丸にはそれぞれリクオと陰陽師を討つように命じておいた。

特に陰陽師の男の方、昌彰には十分注意しろと。

だが、先程の目も眩むような強烈な稲光の後、馬頭丸が操る牛鬼軍団の一角が放つ畏が消えた。

(あの陰陽師に敗れたか…)

「何を考えている。牛鬼」

牛鬼の背後にある柱の陰、そこに現れたのはさらに深い闇を纏った妖。

「ああ、やはり来られましたか。リクオ様」

牛鬼は微かに振り向いてその姿をみとめた。

「答えな、牛鬼。何故こんな短絡的に―――オレを殺そうとしたのか」

その首筋に突き付けられリクオの長ドスが雷光を受けて鋭い光を湛えた。

「“牛の歩み”と言われる程思慮深いはずのお前が何故…まさかあのバカみてぇな旧鼠も…お前なのか」

静かなリクオの声が殺気を帯びる。

それだけカナ達に害を加えられたのが許せなかったのだ。

「いつからその姿に変わられました?何のために?」

牛鬼の問いにリクオは軽く眉を寄せる。

「ご自分の身を護るためですか?それとも《人間の》『ご学友』を護るためですかな?」

「何が言いたい?」

ピシャァァァ!!

再び轟いた雷鳴、それに照らされてリクオの首筋に突き付けられた刀が浮かび上がる。

「質問に答えろ。お前は何のために妖怪変化を為した!?」

牛鬼の身体から畏が放たれる。

(ガゴゼ?蛇太夫?旧鼠?…幻覚か!?)

気がつけばリクオは周囲を今まで屠ってきた妖怪に囲まれていた。

「貴様は何のために三代目になるのだ!?何を護るために!?」

ガゴゼが叫びながらリクオへと飛びかかる。

それを一刀のもとに切り捨て背後に立った蛇太夫に向き直った。

「お前に百鬼を背負う覚悟はあるのか!?それが知りたい」

返す刀で蛇太夫の胴を逆袈裟に斬りあげる。

だが、斬ったはずなのに刃に手ごたえはなくすぐさま元の姿へと戻ってしまう。

「お前は人を護ると、弱きものを護ると言った。だが知っているか?二代目が死んで徐々に弱体化してしまっていることを」

旧鼠が生前と同じく気障な動作と共に言い放つ。

「お前にわかるか?この西の果てで着実に組が弱体化していくのを見ながら外からの攻勢を必死で防ぐことしか出来ぬ私の気持ちが!?」

過去に対峙した敵の幻覚に囲まれるリクオに牛鬼は言葉を叩きつけた。

「くっ…」

リクオは旧鼠が放った大量のネズミにまとわりつかれそれを払うのに手一杯だ。

ただ、その言葉を聞くしかない。

「どうした!?自分を護ってくれる百鬼夜行がいなければ…そんなものか!!」

苦戦するリクオに牛鬼は苛立ちを覚え、さらに続けた。

「総大将は違った!妖怪(我ら)を護るために最強となったのだ!!」

かつてリクオの祖父、ぬらりひょんは言った。人と妖の共生、そのためには自分が最強になればいいと。

「お前に流れる血は腐ってしまったと言うのかリクオ!今のお前では人間はおろか、奴良組すら護れん!!」

ゴワァァッ!!

その言葉が響いた瞬間、青白い炎が立ち上り、リクオを取り囲む。

「牛鬼…試してんのか?あんまりオレを見くびんじゃねーぞ」

(奥義…明鏡止水――総大将が…使っていた技…)

青き炎はリクオの周囲にいるガゴゼや旧鼠を焼き尽くした。

「答えてやる牛鬼。オレの『意思』は変わらねぇ。血に目覚め、力を自覚した時からな…」

カッ!

稲妻がリクオの姿を照らし出す。炎を従えたその姿は牛鬼に若かりし時の総大将を彷彿とさせた。

「オレは三代目となり―――てめえら全員の上に立つ!!」

††††

「急げ!!牛頭丸に狙われた若を探しすんだ!!何をおいてもそれが先だ!!」

豪雨の中、漆黒の翼が二対羽ばたく。

「兄貴!あれは!?」

トサカ丸が右を飛来する妖気とは別の気−神気を孕んだ風に気づいた。

―――

「急げ白虎!」

豪雨の中、風で雨を弾きながら空を駆ける神気を孕んだ風。

『昌彰!あれを』

白虎が左に羽ばたく二対の漆黒の翼を見つけた。

両者は数瞬の後に空中で対峙する。

「何者だ?」

黒羽丸は油断なく錫杖を構えた。トサカ丸もその後で控える。

『鴉天狗…奴良組本家の者か?』

それに対して白虎は相手の正体を見極めると即座に敵意を収めた。

「兄貴、こいつ親父が言っていた…」

「ああ。お前達はここで何をしている?」

白虎の風の中に昌彰を見つけた黒羽丸とトサカ丸も警戒心を緩める。

「リクオを追っているんだ。おそらく山頂の屋敷に向かったはず…」

それを聞いて黒羽丸とトサカ丸の顔つきが変わった。

「情報感謝する。いくぞ!」

それだけ言うと黒羽丸とトサカ丸は漆黒の翼を翻し、山頂の牛鬼の屋敷へ向かって羽ばたく。

「白虎、俺たちも急ぐぞ」

『御意』

昌彰と白虎も再び山頂を目指し、風を駆った。

††††

「うぉぉ〜い…やめろ…やめてくれ〜…ガボベホッ!!」

馬頭丸の言葉は頭が宙に浮いた(・・・・・)水の球に頭を突っ込まれて途切れた。

「ダメだよ。気を失っちゃ」

ビシィッ!!

軽く意識が途絶えた馬頭丸にささ美の持つ鞭が飛ぶ。

「ぐぁっ!!式神〜こいつも妖怪だろー!!退治しろよ!!」

馬頭丸は必死で傍らに立つ天后に助けを求めるが…

『まだコレくらいでは終わりませんよ?』

天后はニコリと微笑み、さらに水球を馬頭丸の頭に叩きつける。

「やはり旧鼠はお前らがやったことか!!」

容赦なくささ美の鞭が叩き込まれる。

「ひい――!!許して――!!」

―――

『着いたか…まったく、足手まといになるな』

「ハァハァ…そんなこと…言ったって…きついんですって…」

カナは青龍の速さに息も絶え絶えで玄関に座り込んだ。

『戦闘の気配はないか…。天后、ここに…何をやっているお前達?』

青龍は戦闘の気配がないことに微かに安堵しつつ、天后の神気を頼りに露天風呂の方に赴けば、脱衣所の中から顔を引き攣らせ外の様子をうかがっているゆら達を見つけた。

「あ、青龍。それが…」

ゆらが青龍に気づいて外を示す。

「さぁ、さっさと言いな!」

『婚姻の決まった嫁入り前の女子の素肌を覗いておいて、ただで帰れると思っているのですか?』

そこで繰り広げれているのは…まぁなんと言うか…拷問?のようなものであった。

『見なかったことにしよう…お前達は俺が連れて帰って来た奴の世話をしてやってくれ』

青龍は天后が持つ新たな一面に多少面食らいながらも賢明な判断を下した。

「うん…わかった」

青龍とゆら達はそそくさと脱衣所を後にした。

††††

ピシャァァッ!!!

ギィィンッ!ガチッ!ガキンッ!

雷鳴を背景に鋭く刀同士がぶつかる金属音が響く。

「まだだ!お前はこんなものなのか!?」

刃を交えながら牛鬼は叫ぶ。お互いに浅く傷を負ってはいるが未だ致命傷は受けていない。

「牛鬼…オレを殺して…その後どうするつもりだ?」

リクオは牛鬼の刀を受け止めて問いかける。

ギィンッ!!

「お前を殺して…」

牛鬼はリクオの刀を大きく弾いた。必殺の一撃を叩き込まんと自らの刃を振り上げる。

「オレも…死ぬのだ」

交錯は一瞬、それで勝敗は決した。

「私もかつては“人”だった。生きたいと願う人間…だが…人間には悪鬼に耐える力が無い…」

ドゥッ!!

牛鬼のその言葉と共にリクオの右胸から派手に血が舞った。

「それでもなお人であり続けるのなら…私が自らをかけ――葬るのみ」

リクオの上体が傾いだ。

「魔道に堕ちろリクオ。私のように人間を捨てろ。総大将になるのならば…」

牛鬼はリクオを振り返る。

「私を超えてゆけ!リクオ」

ドシャァァッ!!

そして牛鬼の身体から血飛沫が迸った。先程の交錯で受けた傷は牛鬼の方が大きかったのだ。

「それで…良いのだ…」

ドォォッ

「違うな…間違っているぞ牛鬼。この血を否定したところで何も変わらない…」

リクオは膝をついた体勢から立ち上がり牛鬼の方を向き直る。

「オレは…オレはこの血を抱えて、お前ら全員の上に立つ!」

それがリクオの出した答え。いくら否定したところでこの身に流れる人の血はなくなることはない。

(妖であり、人であるオレを受け入れてくれたあいつのためにも…)

あの時の誓い…それは昼と夜、妖と人の自分が為したものだ。

違えぬためにも人の血を否定することはできない。

ガバンッ!!

突風と共にお堂の扉が弾け飛んだ。

「リクオッ!?」「リクオ様ぁ!?」

そこから入ってきたのは二体の鴉天狗と式神を従えた陰陽師。

「そこにいるのは……牛鬼だな!?貴様……」

「お前らは手を出すな。昌彰、お前もだ」

リクオはそう言って昌彰達を制した。

「リクオ様…?」

「この地にいるからよくわかるぞ。リクオ…内からも外からも…いずれこの組は崩壊する(・・・・)」

倒れ伏した牛鬼が言葉を紡ぐ。

「早急に立て直さなければ…ならない…。だから私は動いたのだ。私の愛した奴良組を…潰す奴《やから》が…許せんのだ」

たとえリクオ、お前でもな…と牛鬼は静かな目をして言った。

「兄貴…」

「逆臣牛鬼!リクオ様に…この本家に直接刃を向けやがった…!!」

黒羽丸が声を荒げるが牛鬼はそれを遮るように続ける。

「当然とは思わぬか。常に人を護ることにのみうつつを抜かしている輩に、最強の奴良組が継げるかということだ」

今までリクオが百鬼を率いたのは最初の小学校のバス事故の際、そして次はw一番街でカナ達を救出する時。

どちらも人間が絡んだ時だ。人間を助けるためにしか動かないように捉えられても仕方はない。

「しかし、お前は意思を示した。私の想い描いていたものを超えてくれた…」

牛鬼は懐かしむような視線を宙に漂わせた。

「もはやこれ以上考える必要はなくなった…」

「リクオ様危なのうござる!!」

 ムクリと起き上がった牛鬼に黒羽丸が焦って声をあげた。

「これが…私の結論だ!!」

 牛鬼は逆手に持った刀の向きを返し、自らの腹へと振り下ろした。

「『禁』っ!」

カキィィンッ!

「―――なぜ止める?リクオ…陰陽師…」

 昌彰が張った障壁が刃を止め、リクオの祢々切丸が牛鬼の刀を斬った。

 斬られた刃は柱に突き刺さっている。

「私には…謀反を企てた責任を負う義務があるのだ…なぜ死なせてくれぬ…牛頭や馬頭に会わす顔がないではないか…」

「おめーの気持ちは痛ぇほどわかったぜ」

 そう言いながらリクオは祢々切丸を鞘に納める。

「オレがふぬけだと俺を殺して自分も死に…認めたら認めたでそれでも死を選ぶたぁ…らしい(・・・)心意気だぜ。牛鬼」

「だがな…死ぬこたぁねえよ…こんなことで」

「こんなことって…これは大問題ですぞ!!若!」

 信じられないリクオの言葉に牛鬼は茫然となり、トサカ丸は慌てて言い募った。

「ここでのこと…お前らが言わなきゃすむ話だろ」

「そんな…若…」

 その言葉に黒羽丸とトサカ丸は絶句した。

「いいか牛鬼…死ぬんじゃねぇ。オレはこんなことでオレの一家が死ぬことを許さん」

 そう言ってリクオは踵を返した。

「陰陽師…お前は…」

 牛鬼はそう言って昌彰にも視線をむける。

「ふん…俺はリクオの願いを聞き届けただけだ」

 できる限り殺さないでほしいという願い。それを聞いただけだ。

「俺もこれ以上関わりはしない。果てたきゃ自分で果てろ」

 牛鬼が最後に聞いたのはその言葉だった。意識を失った牛鬼は支えを失ったように倒れ込む。

 静かになったお堂に雷鳴のみが木霊した。

††††

“オレがお前の親になってやるよ――梅若丸”

 親とはこのような存在なのだろうか。私の家は…このときから――この――奴良組になった。

―――

「あ、起きた?」

 牛鬼が起きて聞いた第一声は安否を問うリクオの声だった。

「ケガはなんとかなったみたいだ。よかった!」

「お前の部下は優秀だが頭が固いな…俺が快癒の咒《まじない》をかけようとしたら全力で反対しやがった」

 リクオには昌彰の止痛と止血の符が全身に貼られ、快癒の咒で傷はほとんど塞がっている。

「リクオ…朝になると、やはり変わってしまうのか…」

「今は…人間だよ」

 気まずい沈黙がリクオと牛鬼の間に落ちる。

「リクオ、俺は牛鬼の部下に意識が戻ったことを報せてくる」

「あ、うん。お願いしていいかな」

 そう言って昌彰は席を立った。

「馬頭丸…」

 別室で横になっている馬頭丸に声をかける。

「はっ、はい!!」

 馬頭丸は即座に布団を跳ね上げ、起き上がった。

「いや、そのままでいいから。牛鬼の意識が戻った。後で会いに行ってやれ」

「は、はいっ!!」

 必要以上に怯える馬頭丸に昌彰は疑問を持った。

『やはり…』

「言わないでください!!」

 白虎が何か言おうとしたが馬頭丸が必死に止めさせた。

「何があったか知らんが伝えたからな…」

 そう言って昌彰はリクオのところへ戻ろうとした。

『いいのか?昌彰』

 背後から白虎が問いかける。

「ん?」

『ゆら達も襲われたんだが…』

 ケガなどはなかったがそれでも襲われたことには変わらない。

「ああ…そうだな…」

『そうだなって…』

「俺もそれについては良しとは思っていない…。だが、今回の戦いでゆらも実戦経験を積むことができた」

 ゆらが持つ大きな才能。必要な努力も怠っていない。唯一ゆらに不足しているもの…それは実戦経験。

「そう考えると、今回のこれだって無駄にはならない。結果的にとはいえ誰もケガもしていないんだ。それで良しとしよう」

『…お前がそう言うのなら構わんが…』

(それでも…俺はまだ強くならなくちゃだな…)

昌彰は一人胸の中で呟いた。今回はどうにか凌いだ。

しかし、奴良組の鴉天狗の応援がなければ、天后とゆらを失っていたかもしれなかった。

まだ昌彰は十二神将全てを召喚することはできないし、一度に出せるのも三人までだ。

このままではいつか仲間を失ってしまう。

―――

「牛鬼がボクの百鬼夜行にいてくれたら…嬉しいよ」

障子に手をかけると中からリクオの声が聞こえてきた。

「もちろん昌彰さんも…力になってくれますよね?」

影で気付いたリクオは昌彰にそう言ってきた。

「よく気づいたな…誓いを果たす限り俺はお前達に手を出すことはしない」

「それでいいよ。ありがとう昌彰くん」

捩眼山動乱―内憂外患を憂いた幹部牛鬼の反乱はここに終結した。


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