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その声が


「日吉」


そう、自分を呼ぶ声が空気を伝わり耳へと届く。
ボールが行き交う音、他愛無い会話の嵐。
自分の周りは決して音の絶える事のない空間だ。

別に声を荒げているわけではない。
それでもその独特なイントネーションはすっと自分の耳へと届いてくる。


「日吉」


再び呼びかけられるが返事はしない。
ちらっと視線を送ると、当たり前のように視線が絡み合う。
緩慢な動作でポケットから出された手がこちらを向いた。

眼鏡の裏で細められた目と外気に晒された手。
そして呼ばれる名前。


どうしてこうもはっきり聞こえてしまうのか。
はぁ、と息を一つ吐くと、またその声はココまで届いた。



別に不思議なのではない。
理由なんて判りすぎている。
だからこそ、嫌なのだ。
…否、悔しいのだ。


無言で視線を外し、踵を返す。
すると足音と共に苦笑している様子が伝わってきた。
あっという間に距離は縮まり腕が掴まれる。
掴まれた所からじんわりと伝わる熱に、もう一度息を吐く。






end.


初書 04.09.19


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あきゅろす。
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