クレハテルツレヅレ 管弦の宴5 天暦八年。 もう、三十路過ぎである。若かりし頃は、帝の孫として六孫王を名乗り、不服ながらも臣籍降下を受けたのはもう何時の事であっただろう。 現、鎮守府将軍である源経基は複雑な表情を浮かべていた。 右大臣藤原師輔が、管弦の宴を開く。 それに経基も招待を受けたのである。 それは、よくある事であるのだが、この度は少々異な趣だった。 「はっ……? 私の屋敷の女房で御座いますか?」 「そうじゃ、将軍殿。今回の宴では、そなたの屋敷の女房……紅葉に琴を披露させて欲しいのじゃ」 紅葉……。と経基は名を繰り返し、己の記憶を調べる。しかし、その名に覚えはない。 「……九条右大臣様。私にはその者に覚えがないのですが……」 「いや、そなたの屋敷に確かにおる故。連れて来られたし。 将軍殿の御台所が良く知っておるはずじゃ」 この右大臣藤原師輔は、顔立ちは良いのだが、確かもう四十七となるはずである。なれど。未だに色事には目がなく、それでいて抜け目もない。 師輔の正妻である北の方は三人とも先の帝の御息女である。 それはそれとして……である。 この右大臣。何故、我が屋敷の女官事情まで把握しているのかと、経基は訝しがる。 まさか、己の知らぬ内に、妻が妾に……と、管弦の宴の事など遥か彼方。経基は額に汗を浮かべつつ、まさかまさかと首を左右に振り、己の愚考に苦笑いを浮かべるのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |