クレハテルツレヅレ 魔性6 後朝の歌を潰され、棄てられ、あまつさえ女房に懸想していると罵倒され、流石に竹男も疲れを覚えたのである。 数日はお家の屋敷に籠もり、ふてくされていた。 されど、雪乃は心に守ると誓った愛する妻である。あれは病んでいるのだ。 なれば、とことん己が付き合い、寄り添い……雪乃の心を癒やしてみせようと心を奮わせた。 それには先ず。仲違いを正さねばと、覚悟を決め屋敷を出て牛車へと乗り込んだ時であった。 鈴……。 鈴の音である。 瞬間視界が歪み、暗転する。 鈴……。 「竹男様……。竹男様……」 闇の中より響くは女人の声。 それは、鈴の様に少し高く、優しい呼び掛けだった。 気付き映る視界は天井。 それは自室の物である。 慌て動こうとした竹男を優しく抑える手……。 「竹男様……どうかなされましたか?」 頭には柔らかな温かい感触…。 そして、己を覗き込む女人。 そこで初めて竹男は、己が仰向けで、かつ女人の膝を枕としている事に気が付いたのである。 鈴……。 再度慌て、起きようとする竹男を、女人がまたも優しく抑えた。 それだけで……。 竹男は、力を込めているはずにも拘わらず、全く動けなくなってしまうのだった。 冷たい汗が背筋を流れ落ちる……。 じわじわと心に涌くのは暗い恐れである。 鈴……。 「竹男様……落ち着いて下さい……くすくすくす…」 逆光の為か顔は見えぬが、こちらを覗き込む女人の声は優しく笑っている様であった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |