クレハテルツレヅレ 魔性5 鈴……。 婚姻とは、色恋だけに非ず。 両家を血で結び、一族を繁栄させる事に一番の意味がある。 鈴……。 満足に伽を執り行う事も出来ず、ややをこの身に宿す事が出来ぬ私に……、殿方を繋ぎ止めて置く事など、出来るはずがない。 雪乃は手の中の後朝の歌を記した書と、竹男とを視線を何度も行ったり来たりと往復させた。 鈴……。 自分の様な病患う醜女など、好かれる訳は無いのである。 せめてややを……。 せめて体にて旦那様に奉仕を……。 そのどちらも満足にこなせぬ、生きる価値等ない己。 鈴……。 やがて雪乃の視線は竹男で止まり、見つめる。 この方は……何故に私に優しくして下さるのだろうと、雪乃は思考を巡らせる。 鈴……。 私を愛してくれているのだろうか? そう思うた途端。胸の内はとても熱くなり、息苦しさを覚えた。 されど……。 鈴……。 鈴の音である。 雪乃の心を瞬く間に、音が熱さに井戸の冷水を浴びせる様に冷まし、その井戸から伸びた腕が、心を掴み引きずり込む。 鈴……。 否…。 鈴……。 有り得ぬ…。 鈴……。 私は醜女……。好かれるなど思い上がりも甚だしいではないか。 鈴……。 見よ。呉葉を。 あの者に比べれば私など……。 そこで、雪乃ははっと息を飲む。 鈴…。鈴…。 呉葉が目当てかと……。 鈴……。 竹男は呉葉が目当てなのだ。 だから、この様に心にもない事を……。 鈴……。 雪乃の心を張り裂けんばかりの痛みが駆け抜け、痛みは直ぐに嫉み、怒り、怨みへと変わり行く。 気付けば、脇息を倒し、手の中で握り潰した後朝の歌を引き裂いていたのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |