クレハテルツレヅレ 呉葉10 鈴……。 鈴の音である。 深夜……。僅かに窓から差し込む月明かりだけが頼りの暗い部屋。 鈴……。 一定の間隔で鈴の音が響き、衣擦れの音…。そして、啜り泣きの音が闇へと染み込んで行く。 鈴……。 気配は二人……。 鈴……。 「お父様が……呉葉を……?」 啜り泣きながら声を雪乃は絞り出した。 鈴……。 「おいたわしや……雪乃……」 啜り泣く雪乃をその胸に抱き締め、月明かりに照らしだされた青白い手が雪乃の頭を優しく撫でた。 鈴……。 「呉葉……呉葉……」 「おいたわしや……雪乃……。早く良くならなければね…? ややを宿せぬ……あなたは捨てられ……」 鈴……。 「呉葉に婿殿を盗られてしまうわ…」 「いや……いや……」 幽艶…。鈴の音が鳴り、女は囁く……。 可哀想な雪乃。呉葉に総て奪われ、病のまま家から捨てられ、婿から捨てられ……婿のややを抱いた呉葉を遠くから眺めるのだと……。 幾度も……繰り返しに……。 鈴……。 雪乃は女に爪が立つのも気付かず縋り着き、啜り泣く……。 「お母様……助けて下さい……」 鈴……。 「えぇ……大丈夫よ…雪乃。この母が…あなたを導いてあげるわ……くっ……くくくく……」 細りえぐれた雪乃の心に、母と名乗る女の声は暗く、深く、じわじわと染み込んで行くのだった…。 鈴……。 夜が……深まる……。 [*前へ][次へ#] [戻る] |