クレハテルツレヅレ 臣籍降下1 揺れる牛車の中である。 都は寝静まり、起きておる者など居らぬであろう。 灯りの無き中。亜美はそっと、手に入れた品へと手を這わせた。 日の下にて見れば、さぞ美しいであろう反物が数本と紐で繋がれた銅銭である。 唐との交流を絶ってからは、銅銭の補充が間に合わず、銅銭自体の傷や欠損の多さから、反物のの価値が上がっていた。 今宵手に入れた物は、銅銭も傷の殆ど無い新しい物。反物も非常に美しい物である。当分の間、食うに困る事はないであろう。 がたんと、牛車が一度だけ、上下に揺れた。 石でも跳ねたのであろう。 亜美は手を着き、体を支えようとし……そのまま倒れ込んでしまうのである。 手足に力が入らぬのである。 重ね……。 心にも……暗く重い虚無が締め、亜美はその重さに、胸に苦しみを覚えた。その苦しみから逃れ様ともがき、何とか仰向けになった処で力尽きたのである。 牛車の歩む揺れと闇が、先程までの悪夢の様な所業を呼び覚ます。 ……同時に。 己の喉を直ぐ様かっ斬り、其処から更に喉を裂き、首をもぎ、地面へと叩きつけたい衝動に亜美は駆られた。 湧き上がるは、己への……。 嫌悪。 憎悪。 悔恨。 そして……愛して止まぬ、経基への、死しても尚赦されぬであろう、裏切りの想いである。 [次へ#] [戻る] |