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(突き放す事が、一番なのかは分からへんけど)




『いやあ…上手く行ったなあ』


『すみません…あたし、資料配り間違えちゃったり名刺渡し間違えたり…』


今日の佐々ちゃんの天パっぷりは緊張も相俟ってぐだぐたやった。勿論、初めての打ち合わせやったから特に気にする必要もなく、どちらかと言えば当然の事。それでもめげずに最後までしっかりとやって退けた佐々ちゃんの頑張りは正直驚いた。


『いや、ほんま佐々ちゃん、外行くと更に根性見せて来たなァ。正直、今日めっちゃ心配やったけど、安心したわ』


『あ、有難うございますっ』


佐々ちゃんの緊張はひしひしと伝わって来たし、失敗も確かにあったけど、この子の根性は凄い。俺がフォローする回数も少なく、ひょっとしたら佐々ちゃんは教える事教えたら田邊より上を行くかもしらんと、密かに期待を持てる打ち合わせやった。兎に角、打ち合わせは無事成功に終わった訳やけど…


『佐々ちゃん。ちょっと遠くないか』


『…ソンナコトナイデス』


ほんま、素直と言うか分かり易いと言うか。明らかに佐々ちゃんと俺の歩く距離は遠くて、端から見ればお互い独り言を言っているようにも見える。ある意味それはそれで面白いんやけど…


『…ちょっと早めに終わったし、お茶でもしてこか』


有無を言わせず、たまたま横にあった喫茶店にさっと入ると佐々ちゃんは一瞬戸惑ったものの、俺に続いて店に入って来る。【arrow-field】と書かれたその店は、会社の近くにある店で、時々使わせて貰っている喫茶店。最近知ったけど、店長の名前が矢田やから、店の名前が【arrow-field】と言う、ちょっぴり茶目っ気のある、愛着の沸いてまう店。


『いらっしゃいませ。こちらメニューになります』


『俺、アイスコーヒー。後、灰皿貰える』


通されたのは窓際の、日当たりの良い場所。この時間帯はおばちゃんの溜まり場となってるけど、今日はこれぐらい賑やかな方が助かる。俺はさっさと注文を済ませると、佐々ちゃんにメニューを渡す。


『えっ…と……あ、あたしもアイスコーヒーで』


『畏まりました』


佐々ちゃんの注文をメモすると、店員の子はカウンター近くの棚から灰皿を俺の前に置いてから頭を下げて、厨房へと戻って行った。佐々ちゃんに煙草を断ってから煙草を出して、一息。佐々ちゃんに掛からないよう横向きに煙を吐き出しながら、横目でちらりと佐々ちゃんを見ると、気まずそうに俯いている。


『なあ、佐々ちゃん』


びくっと、佐々ちゃんの肩が震えたと思ったら、佐々ちゃんはぎゅっと目を瞑る。俺がこれから言う事をある程度予想してるんやろう、佐々ちゃんは微かに震えている。こういう佐々ちゃんを見ると、ついつい言うのを躊躇ってしまうけど、何時までもこのままやと長い事彼女を傷付けてしまうんは目に見えている。

タイミング良く運ばれて来た珈琲にストローを突っ込んで、口を付けないまま、俺は覚悟を決めてから口を開いた。


『あの、出来るだけ普通にします。小谷さんには迷惑掛けません。だから、あたしに好きで…いさせて下さい…っ』


口を開いた瞬間に、俺より先に佐々ちゃんが投げ掛けて来た。考えてみれば、今まで態度では訴え掛けて来たけど、佐々ちゃんが口に出して告白して来たんは初めてやった。年齢に関係なく、告白ってのは幾つになっても嬉しいモンで、少し照れてまう。だけど同時に浮かんだ田邊の顔が、俺を現実に引き戻す。


『佐々ちゃんの気持ちは、佐々ちゃんが決める事やと思うし、正直そう言ってくれるんは先輩としては有り難いよ。』


火を点けたくせに最初の2、3口で吸わなくなった煙草の灰が灰皿にぽとりと落ちるのを横目に、極力彼女を傷付けない言葉を探しては頭でそれを選別する。佐々ちゃんの気持ちは迷惑じゃない。そう言う風に言って貰えるのは先輩冥利に尽きる部分もある。だけど、俺にその気持ちを受け止めろと言われたら、


『その相手は、俺じゃないとあかんの』


『……』


俺が分からんのは、佐々ちゃんが俺に好意を寄せている理由。例えば入社式に声を掛けたんも、佐々ちゃんの先輩も俺やなくて別の人間やったら佐々ちゃんが俺に好意を寄せてくれている理由は無くなるんちゃうかと思う。相手が田邊と言う可能性だってある訳で、態々俺みたいなおっさんを選ばんでも…と正直思う。


『もし俺が佐々ちゃんの先輩ちゃうくても、佐々ちゃんが俺を好きって言ってくれる理由はあるん』


言ってから、少し心が傷んだ。


人を好きになるんに、理由なんて要らんのは分かりきってる事やのに。佐々ちゃんが俺を好きって言ってくれるんも、田邊が佐々ちゃんを好きでいるのも、ちゃんとした形のあるモンやない。不確かな、形のないモンに理由なんてないのに、それを佐々ちゃんに求めるんは正直筋違いや。


『ごめんな。俺は佐々ちゃんの事、大切な後輩やと思ってる。やけど、一人の女の子としては見られへん』


突き放しておいて、責めておいてのこの言葉。俺は恐らく一番最低な男やろう。佐々ちゃんの目には溢れそうなぐらいに涙が溜まってる。やけど俺には佐々ちゃんの涙を拭う事も、いつもみたいに頭を撫でてやる事も出来へん。そんな事をしても佐々ちゃんが更に傷付くだけや。一瞬勝手に動いた右手を自然に見えるよう、机に置いた煙草を取る。


『…あたしも、ごめんなさい。』


何で佐々ちゃんが謝るんか、分からんくて、様子を探る。やけど、さっきまで目に涙を溜めてたのが嘘みたいに真っ直ぐな瞳におもわず目ェ閉じるんを忘れてしまった。何を考えてるんか分からへんけど、真っ直ぐ、何の迷いもない瞳は俺だけを捉えている。


『小谷さんがあたしの事を女の子として見る事が出来ないように、あたしも小谷さんの事を唯の先輩として見る事が出来ません。勿論、仕事中は別ですけど』


びっくりした。いつもぽやーんとしてる佐々ちゃんが、急にはっきりとした物言いになった事も、その発言の内容も。一番びっくりしたんは、やっぱり佐々ちゃんの真っ直ぐな瞳。こんな目をする佐々ちゃんは、一緒に過ごした一年間で初めて見る。いつもどこか不安気で、やけど満面の笑顔を向けてくれる…そんな佐々ちゃんとはまるで別人。


『あたし、本気です。本気で小谷さんが好きなんです。』


『……』


情けない事に佐々ちゃんの意気に負けて、上手い言葉も何も出て来なかった。唯、分かるんは佐々ちゃんは俺を好きで、やけど俺にはそんな佐々ちゃんの気持ちには応えられへん理由があるという事。


やけど、もし佐々ちゃんの気持ちに応えられへん理由がなかったとしたら、俺が唯の一人の男として考えるとしたら、俺はどんな答えを持ってるんやろうか。


煙草に火を着けたものの、結局半分以上吸う事はなく、煙草は灰へと変わって行く。佐々ちゃんの事も田邊の事も、この煙草みたいに何も考えへんまま灰になってくれたらどんなけ楽な事か…。佐々ちゃんの瞳を直視出来ないまま時間だけが過ぎて、気付けば煙草の火はフィルター手前で完全に消えていた。




(君に奪われる)


視線と、思考…


























20130310めぐ



あきゅろす。
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