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(若者は若者同士で)




佐々ちゃんとの出会いは凡そ一年半前ぐらい。入社式の会場が分からんでおろおろしてるちっちゃい女の子…基、佐々木 ゆかに声を掛けてあげたんが始まりやった。着慣れへんスーツで明らか迷ってんのに誰も声を掛けへんモンやから、仕方なしに声を掛けた時の佐々ちゃんの顔は未だに忘れへん。


『入社式の会場が分からへんねやろ。俺も行くとこやし、一緒に行くか』


『っ…あ、有難うございます…ッ』


半泣きに、笑顔を混ぜた印象的な表情。あの時はまさか、彼女が俺の課の新入社員の佐々木 ゆかだとは露知らず。偉いちびちゃいのが入って来たな…とぼんやり思っていた。特に言葉を交わす訳でもなく、会場に向かっていると、佐々木 ゆかは俺に話し掛けたいけど話し掛けられへん、会話が見付からへんといった様子が見て取れた。分り易いというか素直というか、今でも佐々ちゃんの素直さは相変わらず。


あの出会いが、ほんまに始まりやったんやな…と、ぼんやり思う。


『小谷さん小谷さん』


『んー』


佐々ちゃんは同期の田邊と歩く時は隣同士、俺と歩く時は必ず後ろをちょこちょこ歩く。俺、別に亭主関白って訳ちゃうねんけど…と思いながらも、まあ何か可愛いから結局そのまんま。妹みたいというか、小動物みたいというか…俺の、佐々ちゃんに対する感情はそういったものか恋愛対象か、紙一重なところ。課長と社員という関係や年齢的な事を考慮すると、正直恋愛対象にしたらあかんという方が強い。


『金曜日、小谷さん来られてたんですね…』


『金曜日……あー、佐々ちゃんが酔い潰れてた日な』


そう答えると佐々ちゃんはがっくりと肩を落として、恐らく独り言のつもりで折角小谷さん来たのに潰れてて覚えてないなんて最悪…と、少し前を歩く俺に聞こえるぐらいの大きさで呟く。これも最初はほんま、態と聞こえるように言ってるんかと思ったらそんな事もなく…佐々ちゃんは兎に角天然というか、本人は天然は一番言われて嫌な言葉って言うぐらいに認めへんけど、正直天然が入ってる。


『あれが最後ちゃうねんし、次は佐々ちゃんが潰れる前に合流するから…落ち込まんとき、な』


『そ、そうですねっ。また次も行きましょう…っ』


俺の右手って実は凄いんちゃう…って何回思ったか。勿論佐々ちゃん限定やけど、この右手で佐々ちゃんの頭を撫でてやると、佐々ちゃんは一瞬で笑顔になる。と、まあ…佐々ちゃんの機嫌が直る為に言ったものの、実際俺が佐々ちゃんと呑みに行けるのかは分からん。佐々ちゃんは有り難い事に、こんなおっちゃんな俺にでも好意を寄せてくれてるんは分かる。けど、


『二人して、また俺を除け者にしてー』


『なんや田邊、おったん』


この、大事な後輩の一人でもあり、弟みたいな存在でもある田邊 将己は佐々ちゃんに気がある。俺の一言に、飽きもせんと田邊はいてましたよ、30分も前からっ…と怒る素振りを見せるんは最早挨拶みたいなモン。関西出身の俺は兎に角相手より先におもろい事を言わなあかんし、田邊は田邊で負けず嫌い。そんな二人が話すと自然とどっちがおもろいかの密かな勝負が始まる。普段は格好良いだの紳士だの言われている田邊やけど、俺や佐々ちゃんの前では本来の自分を少しでも出す事が出来てるんか、やけに安堵した表情で話し掛けて来る。


『あ、将己。金曜は本当に有難う。将己いなかったらあたしどうなってたか…』


『お前…もし俺がムラムラしてたらそれこそどうなってたかってぐらい乱れてたぞ』


田邊の一言に佐々ちゃんは顔を真っ赤にさせて恥ずかしがる。田邊に聞いただけで、俺が来た時には既に爆睡してた佐々ちゃんやけど、俺が来る前は目が座るというよりは蕩けるような目で、じっと田邊を見詰め、頭から足の指先にかけての動きが偉くしなやかで、言葉の紡ぎも艶掛かっていたらしい。あくまで佐々ちゃんに惚れてる田邊からの視点やから、どこまで割増になっているかは知らんけど、言っても普段の佐々ちゃんが子供っぽいだけに、20代女性は実際そんなもんかもしらん。


『だ、大丈夫だよっ。将己があたしにムラムラしたら、世も末だよっ』


『…お前……それ、自分で言ってて悲しくねェの…』


佐々ちゃんの中で、田邊は唯一気の許せる異性やろう。勿論佐々ちゃんもそのつもりで言ったんやろうけど、田邊的には悪い言い方やと自分がある意味男として見られてへんという事。一瞬傷付いたような顔を見せた事に第三者的な立場におる俺は気付いたけど佐々ちゃんは気付いてない。


『まあまあ、佐々ちゃん可愛いねんから、幾ら紳士な田邊でも、下手したら襲って来るかもしらんし、気ィ付けなあかんで』


『う…』


先輩として、田邊の恋を応援する者としてはこれぐらいやろ…という言葉を掛けてやると、佐々ちゃんは小さく呻いた後に頷く。佐々ちゃんが田邊に気を許してるんも分かるし田邊が男として見て欲しい気持ちも分かるから、あんまはっきりとした事は言えんけど、正直二人は良く似合ってると思う。


『こっ…小谷さんはあたしにムラムラしませんか…っ』


『ははは…佐々ちゃん、おっちゃんをからかったらあかんって何回も言ってるやろ』


また答え難い事を佐々ちゃんは平気で聞いてくる。勿論佐々ちゃんが平気で聞いてるんではなくて、佐々ちゃんなりに勇気を出して聞いた事なんやろうけど。俺にそんな質問をされても、困る訳で、軽く受け流した。いつまでもこんな受け流しが通用するとは思ってへんけど、


『かっ、からかってなんかないですよーっ』


『そうやとしても、女の子がムラムラとか言ったらあかんでー』


せめて、田邊が佐々ちゃんに気持ちを打ち明けて、佐々ちゃんがどうするか…田邊を男として見たら、正直男の俺から見ても良い奴である田邊からの気持ちで佐々ちゃんが心変わりするかもしらん。出来れば二人一辺に幸せになれる道を探してやるんが先輩の役割なんやろう。


もし、それでも佐々ちゃんが俺を選ぶなら、俺はどうしようか…


『…ま、それはないわな』


『どうしたんですか小谷先輩』


あくまでその方向を考えないなんて、俺的には有り得へんけど、佐々ちゃんや田邊の事だけは色々と、あくまでの方向を考えないようにしている自分の本心は俺ですら分からない。


『何もないで。さあ仕事仕事』


『って、煙草手に言われても説得力ないですよ』


どうやったら二人が幸せになれるんやろな…

























課長の心、部下知らず


上って、そんなもんやけど…

























20130208めぐ



あきゅろす。
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