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好きなのは、貴方です



『小谷先輩、ゆかっ。昼飯行くなら俺も誘ってくれたら良いのにっ』


オフィスに戻ると遠くから声が聞こえて、あたしと小谷さんが揃って声のする方向を向くと、あたしと同期入社である田邊 将己がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。すらりと長い身長に、整った顔は先輩後輩問わず、女子社員から人気がある。


『なんや、お前おったん』


『いましたよっ、小谷先輩より長い身長目立たせて、オフィスにいてましたよ…っ』


小谷さんの冗談に、小谷さんが身長低い事を気にしている事を知っていて言い返す将己は流石だと思う。将己が言い返して小谷さんが軽く小突く光景は見慣れたもの。この二人が揃うと最早兄弟にしか見えない。どちらが兄で弟かはどちらが面白い事を言ったかで毎度変わるのだ。


そんな二人の遣り取りを眺めながら、あたしは自分の席に戻り、午後からの仕事に取り組んだ。


『ゆか、今日仕事終わったら飯食いに行かねェ』


『んー。小谷さんも行くなら行くよ』


17時を過ぎた頃だろうか、隣の席でパソコンのキーボードを叩きながら将己が声を掛けて来た。将己はあたしが小谷さんの事が好きだと知っている唯一の男子社員。というか、オフで繋がりのある男性は小谷さんか将己しかいないのだけれど。あたしが小谷さんも行くなら行くと返すと、将己は詰まらなさそうな顔だけをこちらに向けて、


『お前…俺、というか若い男に誘われて、他の男の名前出すとか失礼だぞ。特に、女子社員人気No.1の俺に対して』


『あたしは女子社員人気No.1の将己じゃなくて小谷さんが好きなんだもん』


将己は確かに格好良いし、人気者なのも分かる。本人も自覚しているけれど、本人はそれなりの努力も惜しまないから嫌味な感じはしない。小谷さんだって、将己程ではないけれど、それなりに人気があって、あたし的にはそれが問題だ。


『分かったよ、小谷さんも呼べば良いんだろ。俺がたまには気を遣わないで呑みたい気持ちも分かれ』


『えっ、将己ってあたしには気を遣ってくれてなかったの…っ』


勿論そんな事はなくて、将己が誰にも人一倍気を遣っている事をあたしは知っている。これは敢えての冗談だ。将己もそれを知っているから、あたしは軽く頭を叩かれて終わる。格好良くてクールな紳士、何でも器用に熟す…等々、周りが勝手に将己に期待や憧れを抱いている。それに合わせようとする将己だけど、実際の将己は多少前者の要素はあるものの、まだまだ馬鹿な事を言って笑う少年みたいなタイプだ。その面をあたしや小谷さんには見せているから、その点あたし達は信頼されているのだと思う。


『お前等ほんまじゃれんの好きやなあ…』


『あ、小谷先輩今日呑みに行きましょう。先輩の奢りで』


後ろから大好きな声が降り注ぐ。小谷さんだと分かるには時間は要らなくて、振り返ると会議室に篭っていた人達と一緒に歩く小谷さんがいた。あたしが声を掛けるよりも早く将己が小谷さんに声を掛けたから出遅れてしまって、振り向いて口が半開きという情けない顔をもろに小谷さんに見られてしまった。


『佐々ちゃん、物凄い情けない顔してんで。それから田邊、お前まずはお疲れ様やろ』


『やだな、今のは会議がおわって疲れたであろう小谷先輩の疲れを癒やそうと呑みに誘った後輩の気遣…いてっ』


言い終わるより早く、書類で頭を叩かれる将己。笑ってはいるけれど流石に長時間の会議だった小谷さんの顔には疲労の色が窺える。それに抱えている書類は会議室に入る前よりも増えていて、これは残業確定を匂わせていた。


『あの、小谷さん…大丈夫ですか』


『んー大丈夫、大丈夫。有難うな』


くしゃっとあたしの頭を撫でると小谷さんが柔らかく笑う。その顔は好きだけど、小谷さんに気を遣わせてしまった事にまた後悔。結局、遅れて小谷さんが合流するという事であたしと将己は先に居酒屋に向かうべく帰り支度を始める。


『佐々ちゃん。』


『あ、はい』


着替えに向かおうと席を立ったところで小谷さんに呼ばれて、小谷さんの席に行くと、


『俺に気ィ遣わんと、田邊と二人で行ったら良いねんで』


『え……』


小谷さんの言葉を聞いた時、頭がくらくらした。思い切り小谷さんに勘違いされている。確かに将己とは仲が良いけれど、将己に対して恋愛感情を抱いた事はない。小谷さんへの気持ちが知られてはいけないと思っていたけれど、それが勘違いを生むだなんて想像もしていなかった。


まさかのまさか、有り得ない小谷さんの言葉にあたしは暫くそこに突っ立った儘動く事が出来なくなってしまい、小谷さんが他の社員さんに呼ばれて席を立つまで、足が動かなかったのだ。

























都合の良い気持ちかもしれない


こんな時だけ気付いて欲しいあたしの気持ち…


























20130124めぐ



あきゅろす。
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