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(こんな展開になるなんて聞いてない)




『明日、13時に迎えに行きますからっ』


そう言った横田さんが夢にまで出て来て、飛び起きたら朝の9時。早いような遅いような微妙な時間に、あたしの気持ちはどっちなのかを自分自身に確認する。横田さんに誘われて嬉しいのか、迷惑だと思ったのか。迷惑なんて事は全くないのだけれど、かといって目茶苦茶嬉しいという訳でもない。どちらかと言えば、何でお隣さんと出掛ける話になっているのかが疑問。


時間があるので顔を洗ってから珈琲を煎れて、暫くぼうっとしていた。どういう気持ちで横田さんがあたしを誘って来たのか、もしかしてあたしの事が好きなのか…という変な考えは一瞬で消えた。どう考えても横田さんぐらい格好良い人があたしみたいな平凡な人間を好きになる訳がない。


『…からかわれてる、とか……』


その可能性は確かにあるかもしれない。世間一般で考えれば格好良い男性は遊んでいるイメージだ。横田さんだって例外じゃない。女の子がモノになる迄は献身的な姿を見せる人だっている。横田さんはそんな人じゃないと信じたい。信じたいけれど、何年か恋愛を忘れていたあたしには疑う部分だってある。


『…恋愛、ね……どんな感じだったかな…』


昔、と言っても、社会人になってから暫くして別れた彼氏がいた。大学で出会った同じ年の彼氏。彼とは2年程続いて、半同棲をしていて、お互いに仕事で時間が合わなくなって、擦れ違いによる喧嘩が増えて、結局別れたのだ。あたしはそれを機にここのアパートに引っ越して来た。


付き合い始めの時は毎日が楽しくて、眠る時間すら勿体無くて、電話もメールもない日なんて一日無かった。それが半同棲になった辺りから毎日顔を合わせるから連絡だって晩御飯が要らない時ぐらいになって、会話だって殆ど消えてしまった。


『いやいや、横田さんに恋愛感情持ったら駄目でしょうに…』


色んな事を思い出していると、ふと我に返った。横田さんはあくまでお隣さん、それ以上の関係を望んでも仕方ない。久しぶりに仕事以外で男性と関わる事があったから浮かれてしまっているだけなのだ。だけど、久しぶりにどきどきしているあたしは、何だか早く横田さんに会いたくなってしまったのも事実。


『…いやいやいや…っ』


どうしたと言うのだあたしは。相手は横田さんだ、何度も言うように唯のお隣さんだ。どうして彼を意識しているのだろう。意識したってどうにかなる訳でもないのに、高々遊びに誘われたからって、もう大して若くもないのに心を踊らせてしまっている。自分の頭の中の考えを振り払うように頭を横に振りながら、立ち上がる。


それから一時間と少し過ぎた頃。


時刻は11時、横田さんが迎えに来ると言っていた13時にはまだ2時間も早い。


『…これ最早病気じゃん』


着替えて化粧して髪をセットして、気付いたら横田さんの家の前。これじゃああたしが早く横田さんに会いたいと言っているようなものだ。実際会いたかったのだけれど、自分の気持ちがはっきりとしていない以上、認めるには多少の恥ずかしさがあるので、チャイムを押す事が出来ないでいる。


『駄目だ。こんなん絶対に駄目。』


あたしももう25歳だ。勢いだけでやって、許される学生時代ではない。万が一これが恋愛感情なら尚更、慎重に進んで行かないといけない。横田さんと待ち合わせまで後2時間。頭を冷やすには十分な時間がある。あたしは身体を自宅へと向けると、帰るべく一歩を踏み出した。


『あれ、天原さん』


『っ…』


あたしが頭を冷やそうと、自宅に帰ろうと踏み出した瞬間、それは呆気なく無駄な行動に変わった。原因はタイミング良く開いたドアと、その奥から登場した横田さんの存在によって。


『どうしたんですか』


『あ、いや……』


きょとんとした横田さんを前に、まさか早く横田さんに会いたかったなんて言える訳もなく、あたしは言い訳を考えている。ふと横田さんを見ると、厚手のダウンを羽織って、手には携帯と財布を持っている。そんな横田さんをやっぱり格好良いと思いながら、変わらず言い訳を考えたけれど、良い言い訳が出て来なくて、寧ろ言い訳を考える必要なんてあるのだろうかとさえ思えて来て、


『…なんか横田さんと約束して休日に会うなんて初めてだから緊張して落ち着かなくて…』


言い訳なのか、本心なのか良く分からないまま言葉を乗せていた。言っている自分が恥ずかしくて、俯いてしまったから横田さんがどんな表情をしているのか分からなくて、余計に不安になってしまったけれど、見上げる勇気なんてあたしには勿論ない。


『俺も、緊張して落ち着かなくて、朝早く目が覚めて、もうこのまま天原さん家に行っちゃおうかとも思ったんですけど、天原さんの都合もあるから自分落ち着かせる為に散歩に行くところでした…』


『え……』


予想外に降って来た横田さんの言葉にあたしが思わず顔を上げると、横田さんの頬はほんのりと赤く染まっていた。まさか、横田さんでも落ち着かない事があるなんて…というか、あたしを相手に落ち着かないという事が驚きで、何て返せば良いのかが分からない。


『あの、天原さんが良かったらなんですけど……その、ちょっと約束の時間早めさせて貰えませんか』


『は、はい…』


横田さんからのお誘いを断る理由なんてどこにもなくて、あたしは深く頷いた。ちらりと横田さんを見ると、横田さんが照れたように笑っていたので、あたしが思いの外安心したのは勿論内緒だ。

























(予想外のフライングスタート)


どこに行くのかも聞いてないけれど

























20130114めぐ



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