5 (肉じゃがの味より不安な女子力) 『…これは、ちょっと気合い入れ過ぎだよね』 肉じゃがを温める前にメイクをして、肉じゃがを弱火で温めている間に一人ファッションショーの始まり始まり。会社にはスーツで出勤してるし、一人で買い物行く時はラフな格好だし、ここ最近まともに服に気を使う事がなかったあたしはこういう時に焦るタイプだ。というか、こういう事がここ最近なかったので、どこまで気合いを入れるべきか悩む。 さっきまでパジャマを着ていたので、スカートなんか履いて行けば明らかに気合い入れてる感丸出しだし、逆に適当過ぎても女枯れてるとか思われたら嫌だし。無難にデニムのスキニーパンツを履いたまでは良いけど、上はどうしようか…等、とにかく女子的ピンチに陥っている間にも肉じゃがは沸々と温まっていく。 『どうするあたしどうする』 着ては脱いで、また着ては脱いでを繰り返す。先程見た横田さんの私服は同じくデニムのスキニーパンツで、上はほっそりとした長袖シャツに重ね着でTシャツというラフな格好だった。同じくラフな格好でも横田さんとあたしでは格が違い過ぎる。お隣さんを意識しても仕方がないのだけれど、それでも一応気にするのが女ってもので… 『…これならまだマシに見える…かな』 キャミソールの上からオフショルダーのニットを着て、鏡の前に立つと割合まともに見えた…筈。というか肉じゃがが温まってしまうので、時間切れという事もある。急いで肉じゃがを小鍋についで、髪の毛を少し手直ししてからあたしは急いで家を出た。これでまた横田さんが爆睡していたら笑えないなあと、ぼんやり思いながら。 『今開けます…っ』 チャイムを鳴らして名前を名乗るとチャイム越しに横田さんの声がして、ばたばたとそんなに長くない廊下を走って来る音が聞こえた。今度は流石に眠っていなかったようで一安心したけれど、それはそれで肉じゃがの味が横田さんの口に合わなかったらどうしようと、そんな不安が脳裏を過る。 『待ってましたっ。どうぞ上がって下さい』 『お邪魔します…と言うか、上がっても良いんですか』 肉じゃがを渡すだけなら正直上がる必要はなくて、横田さんがどう言った理由であたしを家に上げようとしているのか皆目検討も付かない。唯一、一つだけ理由を絞り出すとしたら肉じゃがのお礼にお茶の一つでも出そうと言う理由しか浮かばない。本当に上がって良いものかと考えていると横田さんは変わらぬ笑顔で頷きながら、あたしを部屋へと通すと自分はお茶を入れて来るからとキッチンへと消えてしまった。 横田さんの居なくなった部屋で、ぐるりと部屋を見回す。男性の独り暮らしを見るのは随分と久しぶりだった。前の彼氏が独り暮らしで、献身的によく掃除に訪れたものだったけれど、横田さんの部屋は必要最低限の物しか置かれていない上に整理整頓されている。と言うかあたしの部屋より綺麗かもしれないと、密かに頭を抱える。爽やかな水色のカーテンに清潔感の保たれた白いベッド…落ち着いた黄緑色の二人掛けのソファーに、目の前には透明なガラスの机。何だかデキる男の部屋と言った感じの部屋で、あたしの部屋と同じ造りなのに全く違うアパートに来ているようだった。 『天原さん来るから頑張って片付けただけで、普段は足の踏み場もないですよ』 『あんな短時間でそんな片付かないですよ』 横田さんの声がしたので、振り返るとお茶を2つ、お盆に乗せた横田さんが立っていた。すらりと身長の高い横田さんがお盆を持って立っていると、ちょっぴり高級なカフェの店員や雑誌のモデルがポーズを取っているように見える。ラフな格好でも、清潔感溢れる部屋にも似合っているし、何だか自分が場違いなような気がして少し恥ずかしい。 『お茶は、自分で煎れてないので不味くはないですよ。自炊とか、自分でお茶を煎れるとか本当に何もしないので…』 『あ、頂きます……と言うか、こんな整理整頓された部屋を見ると横田さんって何でも出来そうなイメージです』 促されるままにソファーに腰掛けると、横田さんは机を挟んだあたしの向かいにクッションを置いて腰掛ける。向かいに座る横田さんの顔が余りにも整っているので、何だか直視出来ないあたしはコップに視線を向け、お茶を啜りながら横田さんとの会話を続ける。 横田さんは相変わらずにこにこ笑顔のまま色んな話をしてくれた。横田さんの名前が直弥である事や歳があたしより2つ上な27歳である事、土木設計会社に所属していて、今は現場の方に出向している事等、主に自分の事を詳しく教えてくれた。 そんな横田さんに応えるよう、あたしも自分の名前が陽(はる)である事や社会人3年目である25歳である事、横田さんと会社は違うけれど土木設計会社でCADの図面作成をしている事を話した。お互い、職種に繋がりがあった事に驚きもしたけれど、同じ職種での話題で盛り上がって、時間はあっと言う間に15時を過ぎてしまった。 『あ…もうこんな時間。ごめんなさい、話し込んじゃったみたいで…』 『あ……本当ですね、楽しいと時間経つの早いな…』 普段、友達とだってこんなに話し込む事なんかないのに、横田さんと話していると、本当に一瞬だった。本当なら、どうせ明日も日曜日だし、もっと話したい気分だったけれど、我に返ればあたし達は唯のお隣さん。これ以上の時間を望むのも何だか変な気がして、あたしは何杯目かのお茶を一気に飲んだ。 『お茶ご馳走様でした』 『あ、あの…っ』 立ち上がって、横田さんに頭を下げると横田さんは一呼吸置いてからあたしを呼び止める。もし、横田さんがあたしと同じ気持ちなら、もう少し話したいと思っての発言ならばあたしはその誘いに乗ってしまう自信があった。明日は予定無しの日曜日、夜分に切り上げたとしても家は隣、帰ってご飯を食べてお風呂に入って眠るだけ。そして話が合う横田さん…断る理由が見付からなかった。あたしは何となく次に出る横田さんの言葉に期待しながら横田さんの言葉を待った。 待った、のに、 『明日、暇ですか』 横田さんの言葉をあたしの期待を遥かに超えるものだった。 (期待、一気に焦り) 明日、暇ですよ。暇ですけど 20130105めぐ |