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(貴方が笑うなら)




結局寝付けなくて、最後に時計を見たのは夜中の2時。あれから良く眠れたような、そんな気がしていたのに目を開けたら朝の6時。結局平日に起きる時間と同じで、折角の休日なのに…と、もう一寝入りする予定が今日は偉く目が冴えていた。


『…起きるか』


寝転んで時間だけが過ぎて行く事に飽きてしまい、身体を起こす。昨日は早めにベッドに入ったから部屋は片付いていない。窓から空を見ると晴れているし、久し振りに部屋を綺麗にして布団でも干すか、と大きく伸びをする。それから久し振りにちょっと遠出してショッピングでもして、久しく会っていない友達と呑みに行くのも良い。考えれば今日一日のプランが浮かんで来て、気怠さが少しばかり抜けたような気がした。


『よし。まずは顔を洗って、それから新聞』


思い立ったら即行動と言う言葉が今のあたしにはぴったりだった。さっさと洗面台に向かい、顔を洗う。寒い朝だけれどこんな日は冷たい水も気持ちが良い。顔を洗ってさっぱりした後は歯も綺麗に磨いて、そのまま朝刊を取るべく玄関へと向かう。


分厚い朝刊を手に取り、その間に挟まった広告をその場で眺める。今日はどこかセールでもやっていないだろうか、もしやっているならそこに向かうのもプランに入れなければと、一枚一枚を丁寧に捲る。


『…主婦かあたしは』


はたと今の自分の姿を客観的に想像して思わず溜め息が漏れた。結婚願望がない訳でもないし、彼氏が欲しくない訳でもない。単に彼氏も結婚相手も身近にはいないだけ。確かに25歳になった今、そろそろ結婚も考えなければとも思うけれど、最近仕事が楽しい…そう思うと彼氏や結婚なんて言葉を考える事を多少遠ざけてしまっているような気もする。


そんな事を考えていると、自分の背後で物音がして、振り返った瞬間に玄関のチャイムが鳴った。


『はい』


休日に一体誰が何の用で来たのか。どうせ何かの勧誘だろうとは思わなかった。わざわざ会社まで少し距離はあるけれど、勧誘とか治安の悪い所を避けて、少しばかり高い家賃だったけれど選んだアパートだ。それなのに勧誘が来ただなんて事がれば紹介した不動産屋と、その店舗の広告に書かれていた『治安・勧誘のない、が売りの物件』の言葉が嘘だったと訴えてやりたい。


だけど、そんな考えは次の瞬間に頭から消えてしまった。


『お、おはようございますっ。隣の横田です…っ』


現れたのは勧誘なんかではなく、昨日肉じゃがが食べたいと言っていた横田さんだった。少しの間忘れていたけれど、昨日彼に肉じゃがを食べたいと言われるが儘に持って行って留守だったなんて事があったんだ。あの時は地味に遊ばれたとショックを受けたけれど、一晩眠れば結構どうでも良いと思う事が出来た。取り敢えず玄関のドアを開けたは良いが、よくよく考えてみれば、今のあたしはすっぴんにパジャマだった


『どうされました』


『あ、あの…』


開けた先には普段の汚れた作業着とは違って、今時の若者といったラフな格好をしている横田さんがいた。長身に整った顔は恐らく何を着ていてもサマになってしまうのだろう。目の前にいる横田さんは相変わらず見惚れてしまうぐらいに格好良くて、すっぴんパジャマなあたしは視線を合わせる事が出来ずに伏し目がちだ。そんなあたしにはお構い無しと言わんばかりに横田さんは聞き取れるぐらいに大きく息を吸ったかと思えば、


『昨日はすみませんでした…ッ。俺、天原さんの肉じゃがすっごい楽しみにして待ってたんですけどいつの間にか眠ってしまってて…っ、目が覚めたら夜中の3時で、本当、言い訳にしか聞こえないかもしれないんですけ『ちょ、ちょっと横田さん声がでかいです…っ』』


余りに通る声で、止まる事のない横田さんの話は恐らくアパート住民に丸聞こえ状態。隣人トラブルだとか、天原さん宅はややこしいとか、そんな変な噂が出回るのは御免なので、横田さんの言葉を途中で遮ると、横田さんはやっぱり何か言いた気に言葉を飲み込む。


『別に、気にしてませんから。そんなに理由作らなくても、傷付いたりなんかしません。だから気にしないで下さい』


何だか、言い方が拗ねた子供みたいになってしまったような気がして、それがまた何だか気まずくなってしまったような気がした。特に気にしてないつもりだけれど、こんな言い方じゃまるで明らかに傷付いてますって言っているような、そんな感じがして逃げるようにドアを閉めようとした。


『俺が駄目なんです…っ』


『わ…っ』


閉めようとした瞬間に横田さんの身体がそれを制止するように入り込んで来て、そのまま横田さんの腕がドアを引き戻すように動いたので、その力の勢いに負けてあたしの身体は引き摺られるように前に飛び出してしまった。


『楽しみにしてたんです。天原さんが折角作ってくれたのに、寝てしまうなんて本当に…本当に最悪で申し訳なくて、謝ろうって…本当に、すみませんでした…ッ』


『いや…だからあたしは別に……』


高が肉じゃがぐらいでそんな大袈裟な人だ。それ程までに肉じゃがが好きなのだろうか…でも、そんな横田さんが結構可愛く見えてしまうのは、恐らくいつも見ていたクールなイメージのギャップからだろう。こんなに律儀な人だったなんて正直驚きだった。


『あの…肉じゃが、食べますか。本当に気にしてないですし、まだ手を付けていないので…』


『え…っ』


ほら、この顔だ。しょぼんとしていた、落ち込んでいた顔からの、このきらきらした瞳を映した輝いたこの顔だ。そんな顔をされたら、女の子はころっと行ってしまうような、横田さんの子供みたいにころころと色を変えてしまうこの顔。余りにも落ち込んだ表情を見せるので、思わず肉じゃがを勧めてしまったあたしは一体何なんだろう。


『ま、まあ…横田さんが要るなら…ですけ『い、い、頂きます…っ、食べさせて下さい…ッ』』


あたしの照れ隠しを遮って、横田さんは飛び付く勢いで乗ってきた。恐らく無意識だろう、あたしの両手をぎゅっと握っている事にも気付かず、満面の笑みをあたしに向けながら横田さんは何度も何度も頷いた。


『じゃあ、温めてから持って行きます。あと、流石にすっぴんパジャマは嫌なので着替えて化粧してからですけど』


『じゃ、じゃあ俺は部屋片付けしながら待ってます。待ってますからっ』


肉じゃがを食べられるとなった途端、さっきまでの落ち込み様がまるで嘘だったかのように。横田さんは笑顔を絶さなくなった。そしていつの間にあたしが部屋に上がる事になってしまったのか、横田さんは部屋を片付けると言いながら笑顔で隣の203号室へと帰って行った…かと思ったら、横田さんはくるりとこっちへ向き直して、


『すっぴんの天原さんも可愛くて良いですねっ』


『…っ』


思わず何だその臭い捨て台詞はと、突っ込む暇もない程に横田さんの悪戯っぽい笑い方にドキッとしてしまったのは言う迄もなく、その後にへらっと笑って背を向けた横田さんをあたしは暫く眺めてしまっていた。




これは作戦でしょうか


(駄目だ、心臓が足りない)

























20130102めぐ



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