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(肉じゃがのお味)




ちょっと深めのお皿に程好い熱さの肉じゃがを手に、横田さんの住む203号室に立つあたし。出来映えは我ながら良い方だと思うし、味だって中々良い方だと思う。あの時、横田さんの言葉についつい乗せられてお裾分けにやって来た訳ですが、


『……留守、だよねこれ。』


チャイムを鳴らしても返事は疎か、物音さえしない。これは一体どういう事なのか、食べてあげても良い的な発言をしたくせに外出中だなんて質が悪い。いつもより何倍も手間を掛けて作ったというのに、まさかの留守。彼はあたしを馬鹿にでもしているのか、普段なら自分だけが食べるから正直適当、味も目安だ。それを野菜を切るところから丁寧に、味も態々昔愛用していた料理本を押し入れから引き出して、一々確認をした…それなのに。


『…横田さーん』


もう一回チャイムを鳴らして、返事がなければ帰ろうと思っていた。幾らお隣さんで距離が近いと言えど、いつまでも外で寒い思いをしながら待つのは流石に辛いものがある。最後のチャイムを鳴らそうとした途端、視線は自然と何故今まで気付かなかったのか、微妙に隙間の開いた玄関のドアへと移る。


『…いやいや、流石に…』


このまま行き場のない肉じゃがを置いて帰ろうかと、そんな考えが浮かぶ。だけど勝手に入るのも何だか気が引けてしまう。もし、勝手に上がって横田さんに勝手に上がるなんて失礼な女と思われたら、もし上がった先に誰か別の…例えば彼女がいたらどうしようとか、そんな事ばかりが頭の中を巡る。


『…そもそもあの言葉が社交辞令だとしたら、あたしかなり恥ずかしいよね』


良い大人が社交辞令を真に受けて、ほいほい肉じゃがを持って行ったらきっと恥ずかしい思いをする事になる。下手をすればこれから毎日横田さんに会うのが気まずい事になるかもしれない訳で。


『帰ろ…』


何だか自分が遊ばれたような、そんな気分になってしまったから、あたしは音を立てないように203号室の隙間の開いた扉をそっと閉めて、さっさと隣に帰る事にした。肉じゃがも外気に当たって程好い温度から冷えかけの温度に変わってしまった。自宅に戻って時計を見たら既に22時を回っている。


『まあ…明日は休みだから別に構わないんだけど…』


次の日が平日だったのなら、明日も仕事なのにと物凄く時間を無駄にしてしまったように感じるだろう。だけど幸か不幸か、明日は土曜日。特に時間を気にする必要はない。取り敢えず作った肉じゃがは明日からのご飯にしようと、そのまま冷蔵庫へと運び込んだ。


『何かすっっっごい阿呆らしい…』


あたしは何をやってるんだか、確かに彼氏は今現在いないけれど、そんなに飢えているという訳でもない。相手も単なるお隣さんだというのに張り切っちゃって。無駄に疲れたような気がして、今日は晩御飯も食べる気にならないし、お風呂だけ入ってさっさと眠る事にした。


『うーん…』


お気に入りの入浴剤を使っても、明日は休みだからと久し振りにパックをしても、いまいち気分が晴れない。ベッドに横になりながら、携帯を眺めてはいるが、携帯の画面も実際に何を映しているのかも分からないぐらいに気持ちが違う方向に向いている。きっと、今日あった事がずっと頭に残っている。作った肉じゃがも今のところ誰の胃袋にも入っていない。手間隙掛けて作った肉じゃがは、きっともう鍋の中で冷えてしまっているだろう。


『別に誰かの為に作った訳じゃないし、気にしてないもんね』


一体誰に言い訳をしているのかも分からないけれど、結局時計の長針が一周するまであたしは夢の中には行けなかった。

























(行くあてのないこの気持ち)




そして行くあてのない肉じゃが。
























20130102めぐ



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