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(悩むのは、臆病になるのは好きだから)




『ごめんっ、待ったよね』


ナオから連絡があったのが19時30分。そこから帰る準備をして、会社を出たらナオが車道を挟んだ向こう側の花壇に腰掛けていた。あたしの予定を誰に言った訳でもないのに、余程そわそわしていたのか、課長や同僚は17時30分を過ぎた頃から早く帰りなよと言ってくれたので、案外すんなりと会社を出る事が出来て助かった。


『お疲れ様。俺とハルの会社って結構近いね。そんなに掛からなかった』


早くハルの顔見たかったから早足になったのかな、とナオは笑う。柔らかい、疲れなんか吹き飛ばしてくれる笑顔。ナオの言葉一つ一つが嬉しいけれど照れ臭い、その言葉一つ一つに慣れる時が来るなんて正直想像も出来ないし、このドキドキをいつまでも感じていたいと思う。


『今日の店ね、俺の行き付けの店なんだけど…高い店とかじゃなくて、何て言うかちょっとがやがやしてるけど…ごめん、高い店とか色々探したけど、俺、お高くとまった店とか苦手で…』


『ううん。あたしも正直苦手。テーブルマナーとか、社会人になるに当たって色々勉強したけど、正直そっちに集中しちゃって味が分からなかったりとか良くあったし』


ナオは不思議だ。女の子の好きそうなお店とか、そう言う事を心得ている様に見えるけれど、実は苦手だったりする。器用そうに見えて不器用だったり、クールに見えて子供っぽかったりするのに、ちゃんと男の一面を持っている。あたしはそう言うギャップが確かに好きだし、ナオの素直な一面を見る事が出来て、嬉しい。まあ実際、今回は温和しくて静かな店が苦手な分、余計にそう感じるのかもしれないけれど。


『分かる。頭天パっちゃって、折角覚えて来たマナーと真逆をやっちゃったり』


『そうそう、緊張しちゃって食器が無駄にカチャカチャお皿に当たったりね』


それから店に着くまで凡そ20分、テーブルマナーあるあるで盛り上がって、着いた頃には冬なのに笑い過ぎて喉がカラカラ。お店の雰囲気と言えば大衆居酒屋よりはこじんまりとした居酒屋だけど、客で賑わっている…男性客の方が多いけれど、女性でも気軽に入れそうな感じの良いお店で、暖簾を潜れば思わず、取り敢えず生一つと頼んでしまいそうなお店だった。


『ハル、何呑む』


『えーっと…』


しまった。こういう時は女の子らしくカシオレとかモスコミュールとか言うべきなのだろうけど、あたしは根っからのビール党だ。逆にカシオレ等々のカクテルとかチューハイとかを呑むと一気に酔っ払ってしまうタイプ。そして更には土木系の男性が多い会社に居る為、生中に塩辛とかエイヒレとかそう言う飲み方大好きな女なのだ。慣れて来たら許されるだろうけど、最初が肝心と言う言葉の通り、飲んべえな姿を見られる訳にも、カクテルで酔い潰れる姿を見られる訳にもいかないのだ。


『もしかしてお酒は呑めない…』


『…ううん。寧ろ好き、なんだけど…』


こんなお店に入ってビールが呑みたくない訳がない。だけど、それでナオに引かれるのも嫌だし、酔い潰れて引かれるのも嫌だ。無論、こんな所に来て烏龍茶だなんて選択肢はあたしには無い訳で…。ナオが心配そうに見てるその目が今は物凄く辛い。こういう時はどうすれば良いのかちゃんと予習しておけば良かったなんて後の祭り。喉が渇いて今すぐビールの喉越しを味わいたい…


『あの、おビールを頂きたい…です』


せめて、おしとやかにさらりと言うつもりが何故か丁寧になってしまった。ナオは笑ってくれたけれど、あたしは見事に恥ずかしい訳で。取り敢えず何とかビールは確保出来たので良しとするけれど、気を付けて、呑み過ぎないようにナオのペースを見ながら呑む事を誓い、あたしは手前に置かれた二つのジョッキから一つを掴んだ。


『それじゃあ、』


『お疲れ様。乾杯っ』


カチャン、とジョッキがぶつかる良い音を聞いて、泡が消えない内にジョッキを口に付けて、漸くビールを喉の奥に流し込む。最高の時間だ…ビールは美味しいけれど、最初の一口がどの瞬間よりも一番美味しい。特に今日は喉が渇いていたから特に美味しい。一息でジョッキの半分まで飲み干すと、一旦口を離し、ビリビリと身体全体に走る炭酸の痺れを全身で味わった。


『っんーッ。美味しいっ』


『あはは。ハル、良い呑みっぷり』


やってしまったと今更気付いても遅かった。ビールがいつもより美味しいと感じてしまったが為にお酒好きを隠すどころかひけらかしてしまった。ジョッキを持ちながら留まってしまったあたしに気付かず、ナオは笑っている。否、優しいナオは引いているけれど笑っているフリをしてくれているのかもしれない。


『ご、ごごごごごめん…っ』


『え…何…』


略、平謝りの状態だった。お酒は好きだけどナオの事も大好きだ。お酒好きでビール党で親父臭い肴が大好きだなんて、今時の男性が引く要素しかない。世間の男性にはどう思われても構わないけれど、ナオには嫌われたくない。謝っても引かれた事は変わらないけれど、上手い言い訳なんて出て来なくて、カウンターと略平行に頭を下げていた。


『あ、あたし…お酒好きで、しかも女の子らしくなくビールが好きで…ナオに嫌われたくないから隠してカクテル系にしようとしたけど、カクテル系は何故か直ぐに酔っ払っちゃうから…だから、……ごめん、なさい…』


『ハル。』


素直に告白したって今更だけど、ここまで来たら正直に話すしかなくて、ナオに嫌われてしまうかも…と考えたら涙が滲んだ。ナオはあたしを可愛いと言ってくれるけれど、実際のあたしはそんな可愛さなんて微塵もない、どちらかと言うと半分枯れ掛けた女だ。だけどせめてナオの前では可愛く見えるように頑張ってた訳で。だけど、何れはバレてしまって嫌われるのなら、傷の浅い内が良いのかもしれない…


『俺、お酒好きな人嫌いじゃないよ。ってか呑めないとか、呑めるくせに可愛い子ぶってカクテル頼む子の方が苦手。俺が結構、昔人間だし、そう言う社会で生きて来てるからなんだけどさ…』


『でも、あたしはビールにたこわさとか塩辛とか…そう言うの好きな子だよ…それに、可愛く酔えない子、だし…』


別に嫌われたい訳じゃない。だけど不安で仕方がない。ナオは優しいから、そう言う優しい事を言ってくれているんじゃないか…と、そんな考えが浮かぶ。こんな至って普通な、どこにでもいるあたしが、ナオに好きになって貰える事自体奇跡的なのに、だけどあたしの性格や好みをいつまでも隠す事は出来ないし…


『ハル。俺だって多分ハルが想像してるような男じゃない所だっていっぱいあるよ。これからハルが引いちゃうような部分沢山あると思う。そりゃ俺だってハルの前では格好良くいたいって思うけど…。ハルがお酒好きって事は俺にとって引くような話じゃないよ』


それに、女の子が酔うと目がとろんとして可愛いしね…と、ナオはいつもとはちょっと違う、男性的な笑い方をした。言った後にナオは残っていたビールを一気に呑んで、早々に次を注文する。ハルも呑むよね、と付け加えてくれたので、あたしは思い切ってビールを喉に流し込んだ。ナオに聞こえるか聞こえないぐらいの声で小さく有難うと言うと、ナオは小さく笑ってお品書きに目を落とした。




(3杯目からは、数えません)




今日はナオとだから余計に美味しいね

























20130303めぐ



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