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(何だろう。擽られる。)




あの日、ナオと付き合った日、本当にナオはあたしにキスをして抱き締めただけで終わった。物足りないと言う訳ではなく、初めて恋愛をする訳でもないのにこの擽ったさ。大切にされていると素直に思う…


『おはよう』


『おはよう、今日も寒いね』


あの日からあたし達が変わった事と言えば、お互い敬語で話さなくなった事と、お互いの仕事がやっと落ち着いて、毎朝顔を合わせる時間が同じになった事。それ以外に変わった事もなく、例のストーカー男も今の所は何もなく、至って平和な日々を過ごしている。


『ハル、前髪切った』


『えっ…う、うん…自分で切ったからあんまり上手くいかなかったけど…』


ナオの人差し指があたしの前髪を掠める。寒い外気に暖かいナオの指…ほんの少しナオの指が触れただけなのに身体全体に熱が走る。ナオは、あたしのちょっとした変化に何故か必ず気付く。メイクを少し変えた時も、新しいアクセサリーを身に着けた時も、指を切って絆創膏を貼っていた時も。必ずと言って良い程に気付いてくれて、そんな時のナオは何故か嬉しそうで…そんなナオを見てあたしも嬉しくなってしまう。


『ハルは前髪短い方が俺は好きだな…何か可愛くて、ぎゅってしたくなる』


『は、恥ずかしいよ…』


ナオの、素直な言葉は好きだけど、普通なら恥ずかしくて言えないような言葉もさらりと言ってしまうものだから、こっちが恥ずかしくなる。嬉しいのに恥ずかしくて、本当に初めて恋愛をしているみたいにナオの言葉に一々照れて、ドキドキしてしまう。


『あ、そうだ』


あたしが一人ドキドキしていると、ナオは思い出したように声を溢し、あたしの方を見る。突然どうしたのかと、あたしがナオを見上げると、ナオは少しの間を置いて、にっこりと笑いながら口を開いた。


『ハルは今日、早く帰れそう』


『どうかな…今は仕事も落ち着いてるし、多分20時には会社出られると思うけど…どうしたの』


今は仕事が落ち着いていると言ってもあくまで忙しい時期に比べての話。17時30分に仕事が終わるなんて、社会人一年目の時以来殆どない。それはナオも同じで、お互い早くても20時に仕事が終わるぐらい。ナオが仕事の終わる時間を聞いて来るなんて、恐らく付き合ってから初めての事だから、一体どうしたのだろうとナオに目を遣ると、ナオは照れたように笑う。


『二人で外食ってした事ないなと思ってさ。ハルと外でご飯食べてみたい』


『わ、分かった。頑張って仕事終わらせるね』


そう言えばナオが誘ってくれるのは付き合ってから初めてかもしれない。と言うか付き合ってまだ一ヶ月も経ってないし、毎日顔を合わせるから、出掛けるというところに辿り着かなかったんだろう。前の彼氏も、毎日顔を合わせるから…で、段々と言葉も少なくなっていって結局別れる事になったのだから、学習していないのかと密かに自己嫌悪に陥ってしまう。


『それじゃあ、終わったら連絡して。俺、店考えとくから』


『うん。楽しみにしてる』


そう言ってナオはあたしに笑い掛けると、お互いの会社に出勤する事とする。ナオはあたしと付き合ってから車通勤もやめて、会社まで歩いているという。しんどくないかと聞けば、少しでも一緒にいられる時間を作りたいと言ってくれた。その気持ちに応えようと、あたしも徒歩通勤に変えると言えば、夜道は危ないからあたしはバス通勤のままにしてくれと…そう言うナオの部分が擽ったい。大事にされているのだろうと俄に思う。


あたしに背を向けて、歩き出すナオに手を振りながら、あたしの中がナオでいっぱいになっていくのを感じていた。


『そう言えばナオはあたしのどこを好きになってくれたんだろ…』


ふと、ナオがあたしに半年ぐらい片想いしてくれていたという言葉を思い出す。あたしと言えば、ナオのクールそうに見えて子供っぽいところとか、優しい部分だったりとか、大切にしてくれようとするところに惹かれた。実際、ナオの事は未だ余り知らないけれど、ナオの事を沢山知りたいと強く感じている。


だけどナオが、あたしの事、あたしの何が好きなのかあたしは全然知らない…


『ナオと違って、どこにでもいる平凡な女なのに…』


ナオみたいにモデル顔という整った顔、細い身体に良い感じに筋肉が付いているとか、そんな事は全くない。顔も体型も至って標準で、何か特別出来るという訳でもない。ナオがあたしみたいな平凡な人間を好きになってくれる要素は欠片もないというのに…


『考えても埒明かないし、今日の夜に直接聞こう。』


ナオにしか分かり得ない事をあたしが考えたって仕方がない。取り敢えずは今晩に向けて仕事を終わらせなければと、あたしは会社に向かうべくバスに乗り込んだ。


























(優しい彼の、内側を見たい)




貴方は何を、考えていますか…


























20130216めぐ



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