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(むかしむかしのあたしたち)




小さい時から怖がりで、そう言う類いのものや人には一切近付かない…チキンな性格だった。だけど彼…大川 信はそんなあたしにぐいぐいと、どれだけ線を引こうともお構い無しにその線を飛び越えて来る人間だった。


『めっちゃさみーやんっ』


時は遡る事、もう何年前になるだろうか。中学2年生の時、突然の雨に下足室から飛び出す勇気も無く一人佇んでいた時の事。いつの間にか後ろにいた彼が突然大きな独り言を言ったが為に思わず振り返ってしまった事が始まりだった。


『…』


『え、無視ですか』


目が合う前に雨天の方向に向き直ったが時遅し…下足室には二人しかいなかったから、どう考えてもあたしに話し掛けていたのだけれど、その時のあたしとしては突然の雨よりも彼に話し掛けられた事が今日一番の災難だと思っていた。


同じクラスの大川君。茶髪で学ランをだらしなく着こなして、眉毛は細く釣り上がった形に整えられ、耳には銀色のピアスが数個ぶら下がっている。当然の如く生活指導には毎度引っ掛かっているけれど一向に改善されないという、世で言うところの典型的な不良というところ。色んな噂は勿論、仲の良い彼の友達もそう言う類いの人間が多かった。


『なあ、めっちゃ寒いなあ』


『ソ…ソウデスネ…』


嗚呼、関わりたくない、話し掛けて来ないで欲しい、どうしてあたしは傘を持って来なかったのだろう…と、正直頭の中はパニック状態の真っ白。恐怖に膝が震えたけれど、何か答えなければと略棒読みな相槌を打って見せた。


『何で同じ歳で敬語やねん。何も取って食うたりせェへんねんから普通に話そうや』


『…ご、ごめんなさい…っ』


無理だった。大川君が悪い訳ではないけれど、怖い人には関わりたくない。あたしは謝罪の言葉を述べると、雨に濡れたくないからと下足室で雨宿りしていた事も忘れて走り出していた。兎に角彼と関わらないようにするには逃げるしかないと本能で思っていたのだろう。制服がずぶ濡れになる事なんてどうでも良かった。跳ねた泥が足に付こうと、あたしは家に入るまで足を止めなかった。


『た…助かった……はあ…は…』


いつもの見慣れた家に安心するなんて初めてだ。怖い人と関わって怖い思いはしたくない。同じクラスというだけの、それだけの関係だ。関わりたくもないし、関わる必要もない。当時のあたしは大川 信、並びにその関係の人間とは関わる事を避けて生きていた。


それなのに…


『ナーナちゃーん』


『…ひっ』


次の日教室のドアを開けると、略毎日遅刻ばかりの大川 信が、あたしの席の前で盛大に手を振っていた。まさかの自体に教室に踏み入れようとしていた足は空を蹴って後退った。彼は満面の笑みであたしを待ち受けている。


『逃げても追い付くでー。阿呆やけど体力だけはあるからなァ』


『……に、逃げへんから…』


やっとの思いで出た言葉は、怖い事はせんといて…だった。あたしの言葉を聞いて驚いた顔をしたのは大川君。そんな表情は一瞬で、今度はあたしからは読み取る事の出来ない複雑な表情を浮かべながら大川君はずかずかとあたしの前に歩み寄って来る。そんな勢いで来られると恐怖が全身を駆け巡り、思わず目をきつく閉じる。


『…なあ、そーんな怖いんかなァ、俺って』


『…あ……』


ふわり、と何かがあたしの頭に落ちて来る。決して痛くはなく、ふんわりと、少し暖かみのある柔らかいもの。それが大川君の手だと理解した時、ふと視線がぶつかった。身長は然程高くはないけれど、あたしよりかは高い彼は少しだけ身を屈めてあたしの顔を覗き込む。


『ナナに痛い事なんて絶対せェへんから、そんなビビらんといて。』


『ご…めん、なさい…』


覗き込んできた表情は哀の色を映していて、自然と出て来た言葉は謝罪。別に彼にこんな表情をさせるつもりなんて全く無かった。関わるつもりも無かったので、彼にこんな表情があると知って驚いたのかもしれない。


『ナナと仲良くなりたいだけやねんで。』


撫でていた手を制服のポケットの中に突っ込んで、大川君は笑う。先程まで哀の色を映していた表情が柔らかく微笑んだので、少しだけ安心した。勿論、彼に対する恐怖心は未だ完全には拭う事が出来ないので、大川君と目を合わせて話す事が出来ないあたしは相変わらず俯いたまま。


『取敢えず、普通に話そ。な。』


何故彼があたしと話したいのかなんて聞く勇気は持ち合わせていない。今だって大川君の言葉に無言で頷くだけで精一杯だった。この日からあたしは大川君を知って行く事になり、彼はあたしにとって特別な存在に変わって行くのだけれど…それはまた、別の話…




(人は見掛けに寄らない)


怖いのは暫く慣れなかったけれど…

























20130401めぐ



あきゅろす。
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