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(どうして、こうなってしまうのか)




『ただいまー…』


あたしには、ただいまを言う相手がいて、帰りを待ってくれる人がいる。


『お帰り。腹減った、飯にして』


『…うん』


かれこれ2年、同棲している彼氏…たっちゃんがいる。学生時代に合コンで知り合って、彼氏彼女の関係になり、いつの間にかたっちゃんはあたしの独り暮し先に住むようになった。たっちゃんは働いてない…と言うか、会社に就職して間もなくフリーターにある意味転職した。夢を語ってくれたあの懐かしいたっちゃんはもう影も見ない。


『あ、後さあ、明日友達も飯食いに行くから金置いといて』


『置いといてって…たっちゃんバイト代は…』


言い掛けて、急いで言葉を呑み込んだ。鋭い目付きがあたしを捉えたのだ。あんな目をする時のたっちゃんには逆らったり、口答えをしてはいけない事は、たっちゃんが会社を辞めたぐらいの時に学んだ。恐らくバイトも辞めたかクビになったか…そんな事は最早どうでも良い。


『あ、そうだ。今日ね、中学の時の同級生がうちの幼稚園の子のお父さんでね、びっくりしちゃった』


『ふうん。』


急いで話題を変えるべく、思い付いたのが大川君の話。冷蔵庫の野菜室からピーマンを取り出して、たっちゃんに背を向けたまま話を切り出すと、たっちゃんは大して興味がないようで、詰まらなさそうに返事をする。


『いつもはお母さんがお迎えなんだけど、今日はお父さんでね…多分、離…』


『ナナとそいつはどういう関係なんだよ』


ぞっと、背筋が凍るような感じがした。背中に気配を感じているのに振り返る勇気がなくて、嫌な汗が背中を伝う。後ろにいるのは間違いなくたっちゃんだ。気配で分かる、威圧的なたっちゃん。何か彼を怒らせるような事を言ってしまったのだろうか…後ろにいるたっちゃんは明らかに怒っている。こういう時のたっちゃんは、必ず振り返らないと更に怒る。本当は振り返りたくないけれど、振り返らなければ…と、


『あ、あの…たっ……ッ』


恐る恐る振り返った瞬間、ガシャンと、お皿が割れる音がした。否、そんな事より、頬と頭に感じる痛みに違和感を覚える。ああ、殴られてしまった…いつもなら突き飛ばされて背中に痣を作るだけなのに、明日仕事なのに、よりによって頬を殴られてしまった。


『俺彼氏だよなあっ、お前の彼氏だよなあ…ッ』


『ごめっ…た、っちゃ…ごめん…ッ…っ』


たっちゃんはキレると手が付けられない。あたしの髪を引っ張って揺さ振って、揺れる度に背中が壁に殴打される。痛い、息が出来ない、殺される…そんな事を考えていた時期は疾うに過ぎた。人間以外と、痛くても多少息が出来なくても、死ぬと思っている段階では身体に傷と痣を残すだけで無事なものだ。


『俺の…俺の前で他の男の話するんじゃねェっ』


『やっ…』


馬乗りになって、そのまま着ていたブラウスをボタンごと引きちぎられる。また、愛のない、たっちゃんの欲が吐き出されるだけの行為が始まろうとしている。乱暴に下着を引き上げられて、先端を痛いぐらいに揺さぶ振られると我慢していた悲鳴が漏れる。


『たっちゃ…っ、ん…痛っ…あ…』


『お前は俺だけ見てりゃ良いんだよっ』


乱雑な、優しさの見えないたっちゃんの触り方は痛いし、そんな時に見せるたっちゃんの顔は怖い。だけど逆らえないまま、たっちゃんの手はあたしのスカートの中に入って来て、脱がせるのが面倒なのだろう…下着の隙間から手を入れて、そのまま濡れてもいない膣の中に指を入れて来た。


『痛ァ…っ、やだ…ッ抜いてっ、たっちゃ…ッ』


濡れてもいない膣に乾いたたっちゃんの指が入った途端に激痛が走り、叫ぶように制止を求めれば、煩い、と罵声と共にまた頬を殴られる。痛い思いはしたくないから極力我慢している。頬の痛みだって慣れたけれど、これから指よりも大きいたっちゃんのモノが入るというのに、指だけでも引き裂かれるような痛みは未だ慣れなくて…


『お願い…痛いよ…、っんあ…ッ』


奥まで差し込まれていた指が一気に引き抜かれ、痛いのに溜まらず出た甘い声に、たっちゃんはにやりと笑う。たっちゃんはあたしの…女性の、痛みに顔を歪めながらも喘ぐ姿が好きなのだろう。繰り返し繰り返し、何度も指を入れては引き抜かれて、痛いのに奥に当たる指に感じてしまうあたしは、きっと感覚がおかしくなっているのだろう。


『たっ…ひあ…あ…ッ』


『お前、痛いのに感じるとか頭おかしいよ。唯の変態だよ』


痛みに反して濡れ出したあたしの膣口を繁々と眺めながら口端を吊り上げて笑う。そんな時のたっちゃんの表情は気持ちが悪い。そして感じる自分にも嫌気がする。だけどたっちゃんが自分のズボンに手を掛けた瞬間、早く入れて欲しいと願ってしまう。あたしはたっちゃんの言うように、本当に変態なのかもしれない。


『あ…や、…ッあ、…んん…っ』


『感じてんじゃねェよ変態っ、ほら、痛ェんだろっ』


鈍い粘性の音を立てて、たっちゃんのモノが入って来た瞬間に意識が飛びそうになるぐらいの痛みと快感が走る。人間というのは本当に単純に出来ていると痛感する。嫌で嫌で悲しくて涙が出るのに本能で快感を感じてしまう。こんな愛のない情事に身体が反応してしまう事が悔しくて更に涙が溢れる。


あの、付き合った当初の優しかった彼はどこに行ってしまったのか、あたしを誰よりも優しく扱ってくれたたっちゃんはもう居ないのか、


『っ…』


心ここに在らずの状態でたっちゃんの律動に身体を揺さ振られ、彼は最後に強く打ち付けて、熱くてどろどろとした精液をあたしの中に吐き出して果てた。


『…もう飯要らねェわ。煙草買いに行って来るから風呂沸かしとけよ』


吐き出すだけ吐き出すと、たっちゃんは何事も無かったかのように煙草を買いに行ってしまった。床に転がされたままのあたし…付き合っているのに強姦されたかのように身体や顔に痣を作って、何とも情けない姿。


『お風呂、沸かして…割れたお皿、片付けて…』


未だ息も整わない、身体中も痛いまま引き摺るように、まるで自分の手足に操り糸が付いていて、誰かに動かされているかのように立ち上がると浴室へと向かう。足を動かす度に痛む下腹部、泣いていた筈なのにいつの間にか涙は渇いて唯、ただ散らばった物を片付ける。


『怖いもの、嫌いな筈なんだけどな…』


乱暴な人が怖い、乱暴な言葉も怖いし痛い思いをするのも怖い、


たっちゃんが、怖い。


離れたいのに、離れようとしたら直ぐに暴力、そこに愛情は全くなくて、だけど逃げる勇気も逃げる術も知らない。あたしは死ぬまでこんな恐怖と一緒に生きていかなければならないのかと、考えるだけで身体中が軋む。あたしを助けて欲しいとは言わないけれど、彼と離れる方法があるなら教えて欲しいと願う。


『…方法、あるのかなあ…』


ふと、鏡に映った自分の顔の、情けなさ加減にがっかりする。更に追い討ちを掛けるかのような頬っぺたの痣。明日迄に腫れが引く事はないだろうけれども、ファンデーションで少しはマシに見えるかもしれない。なんて淡い期待と痛みだけを引き摺って、後どれくらい過ごすのだろうか…




(好きなんて気持ち、置き去りにして)





目指すは遠く、彼のいない所…

























20130302めぐ



あきゅろす。
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