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(廻り合わせって残酷)




『ナナちゃんせんせーさよーならー』


『はーい。気を付けて帰るんだよー』


好きな事を職業に出来る人なんて、世の中に何人いるだろうか。実際は好きな事の中にも辛い事があって、だけどそれ以上に好きだから続けられる事がある。あたし、花本 奈々は自分で言うのも何だけれど幸せな人間だと思う。


『ナナ先生、そこの片付けお願いね』


『はい。分かりました』


昔から子供が好きで、多分小さい時から5歳離れた妹の世話をしていた影響もあるけれど、自然と幼稚園の先生になる道を歩んでいた。そしてその為に勉強もしたし、独り暮し先近くの幼稚園に就職した。確かに一人で数十人の子供を相手するのは大変だ。だけどそれ以上に夢だった先生になれた事や、一緒に過ごす事が楽しいし幸せ。まだまだ慣れない事や、自分なりのアレンジが出来ない事の方が多いけれど、そんな事はこれから何とでもなるとプラスに考える。


『ナナちゃんせんせー』


『あれ、今日はお母さん遅いのかな』


子供の笑顔を見るのが幸せだ。どれだけ疲れていても、この笑顔があたしに元気をくれる。だけど今日は、いつも元気な弘樹君がしょんぼりとしている。弘樹君と目線を同じにして弘樹君の顔を見ると、弘樹君の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


『お父さん。でもお父さん遅いの』


『今日はお父さんが来てくれるんだね』


きゅう、と小さな手があたしのエプロンを握り締める。どうしたのだろうか、弘樹君がこんなに弱々しいのは初めてだ。いつも誰かと喧嘩しても転んで怪我しても泣かない弘樹君が泣きそうになっている。今日はお父さんがお迎えに来てくれると言っていたけれど、朝は確かお母さんが来ていた。きっと何か用事があるのだろうと、特に深くは考えなかった。


『弘樹君、寝ちゃいましたね』


『そうね。弘樹君元気なかったけど何かあったのかしら』


19時を過ぎた頃、布団に寝転がって可愛らしい寝息を立てている弘樹君を起こさないよう、優子先生と弘樹君のお父さんが来るのを待っていた。そう言えば弘樹君のお父さんは会社員とかではなく、土木作業員をやっていると聞いた事がある。お母さんは綺麗で派手な人で、時々シフトが入っていない平日街に出ると男の人と歩いている姿を見掛けた。その時は家の事情も様々だなと特に気にもしなかったけれど、今日お母さんが来ていない事と以前見掛けた事が関係しているのかと、ぼんやりと考えていた。


『すんません。弘樹迎えに来ました』


『あ、弘樹君のお父さんね』


ガラガラと音を立てながら入り口のガラス扉が開いて、現れたのは弘樹君のお父さん。お母さんに負けじ劣らずといった、金髪に近い茶髪の髪色に両耳に開いた幾つものピアスの穴。作業員は泥だらけで、怖い系の人が苦手なあたしは街で会ったら絶対に関わらないようにしたいタイプの人だ。優子先生は会った事があるのか、親しげに話しているけれど、あたしは極力近付かないよう眠っている弘樹君を抱き上げて優子先生の後ろに回った。


『すんません、遅くなってしまって』


『いえ…』


お父さんの目的は勿論弘樹君なので、お父さんがあたしの近くに来るのは予測出来た。なるべく目を合わさないように弘樹君をお父さんに抱かせて、弘樹君だけを見て後ろに下がろうとした刹那、


『っ…』


片腕で弘樹君を抱いて、もう片方の腕で引っ込めようとしたあたしの右腕を掴む。突然の事に思わず悲鳴が出そうになったけれど、あくまで職務中。平静を装う…といっても顔には思い切り拒絶の色が出てしまっていただろうけど、平静を装っているつもりにした。


『お前…ナナちゃうん』


『え…』


まじまじとあたしを見ようとするもあたしが顔を背けるものだから、端から見たら喧嘩を売っているヤンキーだ。あたしにヤンキーとか怖い系の知り合いは一人もいないし、だけど彼はあたしを知っていたので、もしかして知り合いなのかとちらっとだけ彼を見たけれど全く覚えがない。


『俺やん、のぶやんッ。なんやお前幼稚園の先生やったんや』


『のぶって………え…もしかして、大川 信、君…』


彼が名乗った名前に覚えがない訳がない。忘れたくても忘れられない、出来れば二度と会いたくないと思っていたぐらいにその名前にあたしは嫌悪感を抱いていた。そんな彼が今、あたしの目の前にいる訳で…


『そ、そんな人知りません』


『お前今、俺の名前フルネームで言ったやんけ』


それはつまり、あたしにとっては忘れたい過去を思い起こさせるには十分なきっかけになるのだった。


























嗚呼、神様嘘だと言って


(それは…それは遡る事、もう何年前になるんだろう…)


























20130224めぐ



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