3
「…っ」
口の中に血の味が広がる。っち、口ん中切れてんじゃねえかよ。
尚も向かってこようとする気配を感じ、短く息を吐く。
「…いい加減にしろよてめえ。寝ぼけんのにも限度があんだろ」
不思議と、いきなり殴られたことに対する怒りはなかった。
佐山がまだ泣いてるせいかもしれない。
ただ感じるのは、苛立ち。
それが何に対しての苛立ちなのか、わからない。
「まだ向かってくんなら容赦しねえよ」
佐山は俺を見ない。
俺を見ず俺の言葉も届かず存在さえ認識してないような。
――ああ、苛々する。
再び向かってきた佐山を蹴り上げる。
ヤバい、と思ってしまったのは、あまりにもその体が軽かったから。
咳き込む佐山に近付く。
「目え覚ませよ。…俺を……」
そこで言葉に詰まった。
俺を、………何だ?
「…ぁ………」
戸惑う俺の耳に、微かに佐山の声が届く。
佐山は顔を上げ、俺を見て目を見開いている。
…やっと目え覚めたか。
「ぁ…ご、め、ごめ、なさ…」
俺を見上げたまま両手で口を覆い、ふるふると力なく首を横に振る。
容赦なく蹴り上げたことに罪悪感を感じてしまうくらい、小動物のように震えて。
数分、いやたった数秒だったのかもしれない。お互い無言の間を置いて、佐山はふらつきながら立ち上がる。
「…ごめん、なさい、もう、しないから」
痛切な表情と言葉。
リビングを出て行く頼りない背中を、呆然と見送る。
玄関のドアが開き、閉まった音を認識するまで、
俺はただ、戸惑っていた。
side-澪
「…ぅ、う…っげほっ…」
情けなく嗚咽を漏らし咳き込みながら、よたよたと夜の中を走った。
たすけてたすけて、助けてよ。
「李雨、りう…っ」
お願いだから、
俺を止めて。
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