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夢見させて





「旦那ぁ」

万事屋の戸の前で声を上げれば、なんの反応もない空っ風が俺の前を通り過ぎた。
この時間帯は家に居ると言っていた家主はどうしたのか、まるで本当に留守にしてるかのように気配が無かった。

けれど沖田は知っている。その家主がちゃんと此処にいる事を。


「旦那ぁ居るなら返事して下せぇ」


コツコツと戸を叩き続ける。それでも返事の無い様子に沖田はゆっくりと背中を手すりに預けた。

そのままじっと立って待ってみれば、玄関先の曇りガラスに影が写り始める。あのシルエットが、戸越しに向かい合っているのが分かった。

「…旦那」

声を掛ければ、その肩は小さく震えカタリと音も響く。少し待つと影はゆっくりと身体を下ろしていき、戸にもたれ掛かるように座ったようだった。


「どうしたんですか」

答えは無い。
小さく溜め息をついて、それでも話を続けようとすると、相手から反応があった。

「…なんでもないよ」

いつもの低い声。聞いたのは久しぶりだった。

数日前から様子のおかしかった旦那は、1週間程前からパッタリと話をしなくなっていた。普段そんなに出会うわけでは無いが、電話程度はしていたその時間も、避けるように話をしていない。


「…俺、何かしましたかね」

沖田には何故避けられるのか理由は分からなかった。旦那と普通に話せた頃は、土方の愚痴や近藤の厄介話、そんな日常の会話をしてただけなのだ。酷い内容など話た覚えはない。もしあえて言うなら「旦那甘ったるくて気持ち悪いです」「いやいや今時の男はこの位普通だから」なんて軽いノリだっただけだ。

どこで何を言ってしまったのだろう。
混乱を来すばかりだった。





「…なぁ、この前、銀さんお前になんて言ったか覚えてる?」
「この前…?」


この前、何を話しただろうか。

ふと思い出すのは、パフェを奢った日の帰り道。特に何かがあったわけでは無いが、別れる際に旦那が言った言葉を思い出す。


「俺さ」
「なんですか?」
「いや、そんな深刻な事じゃないんだけど」
「はぁ」
「なんていうか…言っておきたいだけ、でさ」
「何か?」
「うん。…俺さ」


「沖田くんの事、嫌いじゃないんだ」


その時の旦那は、表情は軽くてふざけたような笑みだったのに、目だけはすごく真剣で。
その違いの意味が分からなかった俺は、「…?へぇ、それは光栄なことで」なんて簡単なノリで返したんだ。

今、旦那が言ってるのはこの事だろうか。


「俺を…嫌いじゃない、って」
「うん。そう、それ」


だとしたら、この言葉の意味は、何?


「もっと、はっきり言えば良かったな」
「…旦那?」
「沖田くん、あのさ」



影が小さく震えた。




「俺、沖田くんが好きだ」








20081205 狛崎雨


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