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月下





高杉が去った後、俺の顔に一滴の汗が流れたのが分かった。その汗は、髪の中から流れ、額、鼻、口、顎…と軽やかに滑ったあと、ポタリと鎖骨へ落ちた。
その瞬間、俺は腕を振り上げ力の限り机を殴った。ゴツっ…!と鈍い音の後、ミシミシといやに軋む音が続く。

「………、くそっ…!!!」

憤るこの凄まじい怒りに、何かを殴る事で解消したかった。けれど、それで収まる筈がない。

痛む腕をそのままに、銀時は頭を抱えこんだ。



どうして知られてしまったのか、また何故目の前にいながらにして仲間を連れ去られてしまったのか、
いろんな疑念や後悔が頭ん中をぐるぐる回る。


なぁ、
どうしたら、良いんだよ…。






「…今の話、本当ですか?」






ポツリと呟かれた言葉に、頭を上げると、そこには妙が居た。いつ来たのか、何処から聞いたのか…困惑と、疑問がない交ぜになったそんな表情を湛えて、真っ直ぐに銀時を見据えていた。


「お、…妙…」
「新ちゃん、連れさられたんですか?」
「…いや、」
「真選組の誰かの為に?」


答えれば答える程、妙の声に力が増していった。疑問が、確信に変わる、その段階。一番、一番聞かれたくない相手だった。何よりも弟を大切にしてきた、この強い姉だけには。


「……」


声として答えられない俺は、ただ頷いた。


「…そう、ですか…」


非難する訳でも無くただ俯く。妙は伏せた顔で、目を閉じた。その顔は殴られたよりも尚鋭く強く俺の胸を貫く。身体中の血液が一瞬にして冷たくなったように引いていた。



どうしたら良い、なんて決まってる事。新八を連れ去られたのは俺のせい。どうあったって取り返さなければならないのは変わらないのだ。

けれど、それでも、それでも決まらない。



土方。駄目なんだ。
仲間を楯にとられようがなんだろうがお前を離すなんて事が出来ねえ。
愛してるなんて陳腐な言葉じゃ言い切れない、その位お前を必要としているんだ。



定まらない思考がとてつもない勢いで動き続ける。
そんな中でもお妙は動かない。ただじっとうつ向いて歯を噛み締めるだけ。



けれど、それも少し立つとお妙は顔を上げて俺を見た。何かと迷うように口を開閉させたがすぐに断ち切り、言葉を続ける。

「私は姉ですから…どうしても偏った意見である事を分かった上で、言います」
そしてほんのすこし身体を折り曲げ、頭を下げる。



「新ちゃんを…見捨てないで下さい」





涙声にも近いその声が、頭から離れなくなった。




20081111 狛崎雨

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