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探したよ、大切な人




掃除が一段落ついたのはそれから3時間後だった。


それは掃除にしては少々時間が掛かり過ぎていた。何故なら、手伝いに来たはずのこの青年が何かしらとすぐに掃除を中断しては雑談を繰り返していたからだ。それもあまり意味も無いものばかり。
その上、掃除というものをよく分かっていなかい。掃きもせずに床を拭こうとしたり、箒を振り回したり。注意する事が多すぎて、逆に時間がかかってしまったのだ。

「テメェ…口ばっかり動かしてないで手動かせ」
「へェ、最大限にはしてるんですがねェ」
「一ミリも動かないで何が最大限だ、とっとと働け!」
「へーい」

なんとか掃除を終えた頃に、土方はいつも以上に負担の掛かった体を椅子に投げ出していた。長時間の立ち仕事の為か腰の痛みは酷く、眉値を寄せて息を吐く。痛みは辛いが終わった事への安堵感が強い為、その解放感に暫し浸かっていた。

そのまま胸ポケットに入れていた煙草を取り出し吸い始める。本来仕事中に煙草など厳禁だが、こんな所を見に来る奴などほとんど居ないので気にはしていなかった。ましてや今居るこの青年は、短時間接しただけとはいえ、つまらない事を告げ口するような奴とは思えないからだ。


大きく煙を吸い、吐く。


慣れた刺激が喉と肺を満たす。そうしてやっと、本当に体を休める事が出来た。






トー…ン


安堵したその時、ピアノの音が聞こえて土方はそちらを向いた。
グランドピアノの前で一音を奏でた本人は、ただ懐かしそうにその音を確かめる。

「…おい」

何してるんだ、と続ける前にまた一音を鳴らす。先程より、少し高い。


「お前…弾けるのか?」

声に振り向き、青年は一度ピアノから手を離した。

「えぇ、少しだけですけどねィ」
「ヘェ…」

土方は少々驚いていた。この時代、ピアノを弾ける奴はそれほどいなかった。一般の人らが弾けない、というわけでは無かったが、音楽というものは大抵上流階級が娯楽の為に行っている事。それを行っているのだから珍しいと感嘆したのだ。

この青年は何者なのだろうか、ふと思う。手伝いに来たというわりに足手まといというにも程があるし、しかも何故かピアノも弾けるという。

そして何より、

どんな青年なのだろうと思った。この一見誠実そうな顔の下に、まるで子供のようにコロコロと変わる気安さがある。
掴めそうで掴めない、そんな存在だと思った。


「…なぁ、だったら弾いてみろよ」
「え?」

それはなんとなくだった。音楽が分かるわけでも無い。理解出来るわけでも無い。だけども、この青年の何かが掴めるようなそんな気がして、だからこんな事を言ってみたのだ。

「弾けるんだろ?聞かせてくれよ」

その言葉にほんの少し考えた後、青年は、ニヤリ、とこの優しげな顔面には似合わない笑顔を向けた。

「良いですぜ」




20081215 狛崎雨

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