リトル†ダンディー 本編 (メイン連載中) 32 そう言うと、サファイアは、チラッと腕時計を見てから席を立ち、長方形に座っている出席者の周りを歩き始めた。 「まず、ロタールとベルフが、ミックスであることを知っていたか。答えは『No』です。何でこんなことを言うのか。それは、」 「幼い頃、二人と接触したことがあるからです。詳しいことはここでは言えませんが、この時、彼らがミックスだとは知る由もありませんでした。その後、困っていたところをこのファミリーに助けられ、日本で暮らすようになると、再び彼らと出会いました。しかし、ここでもミックスだとは気づきませんでした。ようやく知ったのは、ゴーストから身近にミックスがいると言われ、リーダーに報告した後、ジャックからの情報を見てからです」 「俺は、彼らの過去に何があったか、この目で見て、そしてはっきり記憶しています。彼らはこのまま何も知らずに、裏社会と関わらずに大人になったほうが幸せだと思っています。だから、二人をこのファミリーに誘えと言われた時、断ろうと思いました。しかし、ゴーストの件もあり、仕方なく引き受けた、」 「フリをしました。つまり、」 「その時から裏切ろうと思っていた、てことか?」 彼の近くの男が言った。 「その通り。だけど、裏切ろうと思った理由はこれだけではありません。『壷の国』の件です。裏社会が、無関係な一般人を巻き込むことはタブー、ですよね、リーダー?」 「……」 カバレロは何も答えられなかった。 「返事がないね。まあいいや。けど、この組織はそれを易々と乗り越えた。結局、『血の薔薇』に潰され、しかも貴重な戦力、ミラを失った。情報屋の信頼も失った。最初、この話を聞いた時、俺は反対しました。何故なら、タブーに触れるからです。しかし結局、自らの快楽と新兵器を試すために、『壷の国』を実行した。それがこのような結果になるとも知らずに、ね。この時点で、もうこの組織には居られまいと思いましたよ」 「「……」」 彼以外の一同は黙って話を聞いている。 「それともう一つ。二人がミルトリーファミリーに入ることを知っていたか。この答えは『Sì』です。彼らをファミリーに誘えと言われたのと、彼らがミルトリーファミリーに正式に加入したのは同日でした。そのことを知ったのは、ボスの指令を受けた後、とある友人からの電話でした。けれど、二つの出来事の間には、確かに時間がありました。俺は彼らの連絡先も知っているので、連絡しようと思えば出来ました。しかし、俺は放っておきました。もう心を決めていたので」 「しかし、まさかこんなに早くこの時が来るとはね。ここまで育ててくれたことには感謝していますが、俺は、俺自身で、ここが自分にとって相応しくない場所だと判断しました。だから、」 歩いていたサファイアは、ちょうどカバレロの席の真後ろでその歩みを止めた。 「俺は今日付けでここを出て行きます。次に会う時はもう敵でしょう。それじゃ」 カバレロの席の後ろには、会議室ただ一つのドアがある。 サファイアはそこに手を掛けた。 「どこへ行く」 カバレロが、サファイアを見ずに言う。 「え? ここを出て行くに決まっているじゃないですか」 「当てはあるのか? もし日本に行ったとしてもそれなりのネットワークはあるし、ミルトリー側についても別の情報屋雇って情報を仕入れればいい。それに、ルビーファミリーのルールでは、裏切り者は、その理由の如何を問わず必ず見つけ厳重に処罰することとなっている。それでもいいのか?」 「構いませんよ。それを覚悟した上で、裏切りを企んでいましたから。それと、残念ながら当てはあります。日本におらず、ミルトリーとのつながりも薄い人物です」 そこまで言って、彼は再び腕時計を見た。 「おっと、時間がありません。捕まえられるもんなら、捕まえてみてください。その時は俺だけでなく、」 「あなた達も道連れですけどね!」 そう言った瞬間、彼はドアを思いっきり開け、あっという間に姿を消した。 「おい! 誰か追え!」 カバレロは声を張り上げ、会議の参加者を奮い立たせる。 「もちろん行きます! 生死は?」 「DOAだ! 分かったなら急げ!」 「「はい!!」」 ルビーファミリーの幹部による、裏切り者のチェイスが始まった。 ◆ 同刻 ヴェネツィア 「……いいのか? 仕事減るぞ?」 とある建物の一室に、若い二人の男がいた。 ゆったりと三人掛けのソファに座っているのは、二十歳は過ぎていそうだが、どこか幼さが残る青年。 そのそばに立つもう一人は、まだ十代後半のようだ。 ソファに座っている青年は、携帯電話でどこかに連絡を取り、少し笑ってそれを閉じた。 それを心配そうに見ていたもう一人が言ったのが、冒頭の台詞である。 「いいんだよ。前からルビーのやり方には、裏社会の組織とはいえ、疑問を感じていたからね。縁を切れて良かったよ」 「……そうか。しかし、珍しいな、お前が感情中心で行動するなんて」 立っていた方の青年も、年上の青年の横に腰を下ろす。 「俺でも信じられないよ。しかもそれが恋愛感情なら尚更だ。情報屋としてはあるまじき行為だけど、この場合、仕方ないさ。所詮俺も、感情に動かされる普通の人間なんだ。冷徹で無情な情報屋にはなれないよ」 「お前にはそんなの似合わないな。今のままの、普通の人間で普通の情報屋をやってればいいと思う」 「……お前、かっこいいこと言うなあ」 「それって褒めてる?」 「さあ?」 最初から座っていた青年は、曖昧な返事をして笑う。 「相変わらずはっきりしないな、お前は。ところで、何でお前はあの子に惚れたんだ? ロリコンか?」 「メリ、よくその言葉を知ってるな」 「あれ、否定しないのか?」 「しょうがないだろ、『今回は』事実なんだから。そもそもあの年齢がロリコンに相当するかどうか微妙だけど。惚れた理由は分からん。黒髪に黒目ってあまり見慣れないから、それにやられたのかもな。メリ、お前はあの子、どう思う」 メリ、と呼ばれた年下の青年は、腕を組んで、少し考えた。 「そうだね……あ、そうそう、俺の考えを言う前に、お前に知ってもらいたいことがある」 「ん? あの子のことで、知っていることでもあるのか?」 「おう。俺のフルネームは?」 「……は? 何でそんなこと言わないといけないんだ?」 年上の青年は、少し馬鹿にしたような口調で言う。 「言えば分かる」 メリはそれだけ言った。 「分かったよ。……メリアーノ・フォンデュン・ミルトリー、だろ」 「その通り。それじゃ、お前が惚れたというあの子のフルネームを思い浮かべてみて?」 「……――あれ、名字が一緒?」 「だったら?」 「――まさか、お前とあの子って……!?」 年上の青年は狼狽する。 「そういうこと。ただし――」 〜♪〜♪〜♪〜 タイミングがいいのか悪いのか、携帯電話の着信音が鳴った。 「あ、俺だ」 狼狽していた青年は、気を取り戻して着信音の主を確かめる。 そして、薄く笑った。 「もしもし。どうした、サフィー。もうやっちゃったか?」 『うん、やっちゃった。今タクシーで駅に向かってる』 「追っ手は?」 『上手く撒けそうだよ。タクシーの運転手も知り合いだからね。呼んでおいて正解だったよ』 「用意周到だな。今そっちを出たら、こっちに着くのは三時半頃か」 『だったはず』 「了解。駅で待ってる」 『ありがとう、ジャッキー』 青年は電話を切った。 「……あいつか?」 メリは青年に聞く。 「ああ、あいつだ。近いうちには言っていたけど、こんなに早いとはな」 彼は立ち上がり、大きく伸びをした。 「でも本当にいいのか? ルビーに見つかったら終わりだぞ?」 メリは心配そうに青年に問いかける。 けれども、青年は笑って答えた。 「そうさせない自信があるからやるんだし、そうさせないのが俺達の役割だろ? それに、」 彼はポケットに右手を突っ込んだ。 「情報屋のジャック・ベノラと彼の助手のメリアーノ・フォンデュン・ミルトリー、そして魔術師兼殺し屋のサファイアは、完全にルビーファミリーの敵になった。もし万が一のことがあれば――」 そして拳銃を取り出し、構えた。 「徹底抗戦、するのみだろ?」 ↓登録しています Wandering Network [*前へ][次へ#] [戻る] |