リトル†ダンディー 本編 (メイン連載中) 26 「変質者―!!」 翌朝、午前9時。 双子の家に、叫び声が響き渡った。 「お前、何で僕のベッドで寝てるんだよ!」 「……すまないが、全然覚えていない」 「覚えてないって、本当か?」 「本当だって! 任務が終わって、本部に行って、……そこから記憶がない」 言い争っているのは、ゲール---元気とリッキー---真樹だった。 (困ったなあ、こいつが『お前』を使う時は、本気で怒っている証拠だ) 真樹は溜息をついた。 それと同時に、部屋をノックする音が聞こえ、それから誰か入ってきた。 「全く、朝から何の騒ぎだ? まだ寝ている人もいるのに……」 入ってきたのはユーミン---優子だった。 が、彼らの取っていた体制を見ると、一つ咳払いをした。 何故なら、二人は本来一人用の元気のベッドに入っていたのだ。 「お取り込み中だったか。なら僕は失礼するよ」 彼女はそっとドアを閉めて出て行った。 「……どうする? 絶対に誤解されたぞ」 「お前が何とかしろ。お前のせいだ。分かったならさっさとこの部屋から出て行け!」 「……はいはい」 真樹はベッドから出て、とぼとぼと部屋を出て行った。 「あーあ、朝から何でこんな目に……。ま、ガツンと言ってあげたし、次はないか」 元気は、部屋の壁に掛かっている時計に目をやった。 (九時か。今日は休みだし、もう少し寝ていてもいいか) 再び布団に潜り込もうとした時、部屋のドアが開いた。 「……元気、」 相手は真樹だった。 さっきのことで、気まずい顔をしている。 「さっきのことならもういいよ。君なら反省してくれると思うし」 「……そうか、」 本当は反省する必要はないんだけど、と言おうとして、真樹はやめた。 それを言うと、また元気が怒りかねないからだ。 (今回はうっかりしていた俺に非がある。こんなことでごちゃごちゃする訳にはいかない) 「それでさ、ボスから伝言を預かっているんだ」 彼は本来の目的を話し始めた。 「ボスから?」 「ああ」 彼は対策会議の件を伝えた。 「了解」 「よし。じゃ、俺は帰る。忘れずに行けよ」 「分かってるての」 真樹は部屋から出て行った。 (……眠気が覚めた。やっぱり起きよう) 元気は布団から出て着替え、リビングへと向かった。 ◆ 「おはよー」 彼がリビングに入ると、ソファに三人の人影があった。 「おはよー」 リビングにいたのは、キャシー---梨花、ノエル---俊、そしてベルフ---明だった。 「他の二人は?」 元気が尋ねる。 「優子はパンを買いに行った。洋一はまだ寝てる」 答えたのは明だった。 「そういえば、さっき『変質者』とか聞こえたんだけど、何だったんだろう?」 「それ、俺も気になる」 白石姉弟が興味深々という表情で聞いてくる。 「……知らない方がいい」 元気は苦笑いをして答え、ソファに腰を下ろした。 「何でー?」 「とにかく知らない方が身のためだ、ということ」 その後、彼らは軽く談笑をした。 十分後。 彼らはテレビを付け、朝のバラエティ番組を見ていた。 そんな中、それらの台詞は、ほぼ同時に聞こえてきた。 「ただいまー」 「すまない、忘れ物したみたいだ」 「やべっ、もうこんな時間だー!」 その直後、ドーン、と鈍い衝突音が彼らの耳に届いた。 「何事!?」 「何だ今の?」 「……とにかく、ちょっと見てみよう」 彼らは立ち上がり、部屋の戸を開けた。 そこに広がっていたのは、 優子が仰向けで両手を広げて寝転がり、その上に優子と十字になるようにうつ伏せ状態の真樹、さらにその上に顔が優子と同じ方向を向いていて、両手を広げている洋一が覆いかぶさっていた。 その山(?)のすぐそばには、パンの入ったスーパーの袋が放り投げられていた。 「……えーっと?」 困惑の色を示す元気達に、唯一彼らの方を向いていた真樹が一言。 「……早く俺達を解放してくれないか?」 彼らは協力して、三人を解放させた。 そして、全員でリビングに入り、座った。 「一体、どういうことなんだ?」 元気が話を切り出した。 当事者の三人は、顔を見合わせた。 それから向き直り、優子が話し始めた。 「まず僕が、パンを買ってきて戻ってきた。それと同時に、玄関の右側にある『扉』が開いて、真樹が出てきた」 「携帯を充電しようかと思ってたんだけど、こっちに置き忘れていたみたいで」 真樹が補足する。 「それとまた同時に、玄関の前の階段から、洋一が飛んできた」 「飛んできたあ!?」 当事者以外の四人は、驚きの声をあげる。 「……寝ぼけて踏み外したんだよ」 「でも何であんな風になったんだ?」 元気が聞く。 「まず僕が、洋一がこちらに飛んできたのに気付いて、パンの袋を放り出して手を広げて、そいつを受け止める体勢を取った」 「それと同時に、俺が玄関の床とカーペットの段差につまずいて、手を広げた優子にぶつかって、二人共倒れた。その上に洋一が着陸して、あんな状態になった」 「……なるほど。状況は分かった。それで……」 元気がそこまで言ったところで、誰かのお腹が鳴った。 「誰?」 「俺だ」 明がサッと手を挙げた。 その場に居た全員が笑った。 「じゃ、パン、食べますか!」 元気が回収したパンの入った袋を高く掲げた。 「はーい!」 全員が笑顔で返事をした。 ◆ 同刻、ローリー--渉とサム--阜が暮らしているマンションの一室。 ココアを飲みながら読書をしている阜の元に、渉が起きてきた。 「おはよー」 「おはよ……阜、メシ」 「そこの菓子パン」 阜はテーブルの上の菓子パンを指す。 「ありがと」 渉はココアを作り、菓子パンを取って阜の横に座る。 「何の本読んでいるんだ?」 彼は阜の本を覗き込みながら聞く。 「ああ……これか」 阜は本にしおりを挟んで閉じ、表紙を渉に見せる。 「どれどれ……『Le vampire qui déteste sang -血が嫌いな吸血鬼-』?」 「本部の図書室にあったんだ。……ところで、昨日は大丈夫だったか?」 「何とか。暗くてよく見えなかったから」 そう、渉は『血が嫌いな吸血鬼』なのだ。 普段はそのような素振りは見せないが、吸血鬼という「本性」を出せば、もうそれにしか見えなくなる。 今まで、その本性を見たことがある人はほとんどいない。 ましてや現代となっては。 その一人が、阜なのだ。 だが渉には、吸血鬼にはあるまじき重大な欠点がある。 もう分かるだろう、何回も言うが、彼は血が嫌いなのだ。 昨日、ロタールらが剣をゴーストに突き刺した時、その場に血の海が広がった。 だが真夜中だったので、渉はそれを見ずに済んだ。 もし見てしまっていたら、彼はその場で卒倒していただろう。 他にも例をあげるとする。 『壷の国』を覚えているだろうか。 ユーミン---優子が血まみれで森から出てきた時、彼は平常心を装っていたが、実はサムの後ろに屈んで隠れていた。 そして昨夜、ゲール---元気とリッキー---真樹のこの会話。 『僕達が初めて、人殺しの現場見た時のこと覚えてる?』 『忘れもしないさ。先輩が殺した相手から噴き出す鮮血。俺は震え、お前は泣き、サムが俺の後ろに隠れ、』 『ローリーは気を失ってたな』 言うまでもない、思いっきり血を見てしまったからだ。 「それと、俺、今ものすごくフラフラするんだが」 「はいはい」 もう一つ付け足しておこう、渉は吸血鬼ではなく普通の人間として生きてはいるが、体の芯の構造は吸血鬼のままだ。 だから、定期的に血を吸わないと倒れてしまう。 血が嫌いな渉も、これだけは吸血鬼としての本能であり、生命に関わる行為なので我慢している。 もちろん、血を与えるのは阜の役目だ。 阜は自らの右手首を、渉に差し出し、彼はそれを掴んで口のほうに持っていく。 「……いくよ」 渉は血を見ないように目を閉じ、阜の手首に噛み付く。 阜の身体に一瞬鋭い痛みが走り、顔をしかめたが、慣れているのですぐに穏やかな表情に戻る。 だが、だんだんと頭がボーッとしてきた。 普段はこのようなことはない。 (最近の任務続きで疲れているのか?) 体調によって、吸血鬼が吸う血の量は変わる。 体調が良い時は少量で済むし、悪い時は体力を消耗するので、大量に吸わなければならない。 やがて、渉は阜の手首から口を離した。 それと同時に、阜はちり紙で渉の口の周りを拭き、いつのまにか用意していた包帯で噛まれた部分を覆う。 視界から赤色が完全に消えたのを確認して、渉に声を掛ける。 「……もう大丈夫だ」 「悪いな」 「いいさ。いつものことだし」 「……ありがとう。よし、メシ食うか」 渉はパンに手を伸ばし、その封を開ける。 「いただきます」 普通じゃない、普通の朝が過ぎていく。 [次へ#] [戻る] |