人と人との出逢いは奇跡っていうけど、じゃあ俺とアンタの出逢いには何と名前を付けたらいいのだろう。 俺の人生を彩りも濁らせもした、特別なあの出逢いには。 そして、アンタにとっての、俺は。 【願いは、心に】 飲み込んで来た言葉が、たくさんある。 怖くて口に出来なかったのか、ほんの良心が歯止めを掛けたのか、理由は分からないけど。 でも、あの人からの肝心な言葉は俺は何も聞いていない。 あの人は荒々しくて横暴で、だけど傷付きやすくて、それをひた隠しているように見えた。 アンタなんて大嫌いだ、と何度叫ぼうとしただろう。 アンタのキャッチャーなんてやりたくない、とどれだけ投げ出してしまいたかっただろう。 それは本心で、数え切れない程、破裂しそうな程思った事なのに、言えなかった。 言っちゃいけない、と直感的に止まった。 あの人は俺に何かを隠して、一人それと戦っている。 そう思って、俺も必死に堪えた。 辛かったのは、あの人が戦っている「何か」を、俺には教えてくれない事だった。 あの人との関係が落ち着いてからも、お互いに裏側の想いは秘めたままでいた。 あの人は笑うようになったけど、根本的なものは変わらない。 いつまでも内側に入っていけないような、物悲しさがあった。 一人で抱え込まないで下さい。 俺がいますから。 そんな聞こえだけ良い言葉を思いついてはかぶりを振る。 そんな言葉、あの人には必要ない。 俺はあの人の特別なんかじゃ、ない。 結局、俺が進み出ようか出まいか勝手に悩んでいる内に、あの人は自分の進む道を選んで進んで行った。 あの人は孤独な人だ、と思った日もあったが、そうではない。 あの人は、一人で進んで行ける人なんだ。 俺があの球を捕れようと捕れまいと、結果は変わらなかったのかもしれない。 俺の努力は所詮自己満足だったのかもしれない。 そう思うと、じんわり瞳に涙が浮かんだ。 あの人と野球をする最後の日だった。 キャッチボールをしながら、視界が霞んで、普段零すはずのないボールを捕り損ねた。 俺の異変に気付いたのか、前方から駆け寄られる。 やばい、やだ、と思った瞬間に、グローブで目元を隠すように頭に手を置かれた。 「泣くな」 泣いてません、と、いつもみたいに気丈に振る舞ってやりたかった。 アンタのキャッチャーもこれで終わりって思うと嬉しくて、なんて強がりも、思いつくだけで言葉には出来なかった。 こんなんじゃ、勘違いされてしまうだろ。 俺がいないのが寂しいのか、なんて自惚れんだろ。 なのに、なのにアンタは、肝心な所でそんな顔をする。 勘違いしろよ、自惚れろよ、隆也なんだかんだで俺の事大好きだよなって、いつもの調子でからかえよ。 その方が、どれだけ良いか――… アンタは、きっと何もかも知っている。 俺が伝えなかった事も、きっと理解して、それなのに知らん顔をしている。 俺だってそんくらいは分かるんだ、馬鹿にすんな。 「元希、さん」 必死に絞り出した声は、その呼び名だけだった。 それすらも、小さく掠れて、届かなかったかもしれない。 でもその続きは、ずっと俺の内側に隠したままでいる。 俺も元希さんに一つくらい、隠し事したっていいはずだ。 俺は一人、願う。 アンタがいなくなったマウンドに向かって。 元希さん、 本当は、傍にいたかった。 [*前へ][次へ#] |