元希さんは、単純そうに見えて、本当は色んな所が複雑で不安定な人だ。 俺はそう思うけど、それは大抵周りの人間からは理解されない。 俺の見ている元希さんと、他の人間が見ている元希さんは、どうやら別人らしい。 【イコール】 「……と、言うわけなんですけど、元希さんはどう思いますか?」 「知るかんなもん。なんで本人に聞いてんだよ」 窓ガラスがキンと張り詰めた部屋の中、冷たいベッドの上に腰掛けて、元希さんは俺を熱源代わりに抱きしめていた。 暖房が嫌いな元希さんは、いつも凍えた部屋の中で俺の熱を求める。 俺は元希さんの熱を貰うので、お互いあまり変わりはないように思える。 「いや、マウンドではあぁで、今はこうでしょ。子供みてー」 「うるせぇ、お前も同じ事してんだから同レベルなんだよ」 お互いこんな体勢のくせに、口から出るのは相変わらずの売り言葉に買い言葉だ。 「俺は別に離れても大丈夫ですから。降りましょうか?」 わざとに言ってみるが、返ってくる言葉は分かりきっている。 返事は不機嫌そうな即答だ。 「だめ」 そうして元希さんは俺をぎゅっと力を込めて抱きしめる。 一気に肺が圧迫されて、反射的にはあっと息を吐く。 元希さんはそんな俺をからかって、どんどん腕に力を込める。 面白い具合にお互いの体温が上がる。 心臓の辺りが重なって、元希さんの鼓動がばくばくと俺の心臓を叩いた。 「タカヤ」 こうなると元希さんは止まらない。 元希さんはやっぱり複雑で不安定な人だ。 その日の気分で、毎回別人のようなキスをする。 貪るように、噛みつくように、侵食するように唇を奪うかと思いきや。 優しく、ただなぞり啄むだけのキスをする。 それらは感情を形にしたように思えるけど、いずれも全く、元希さんの心中を知る手立てにはならない。 「タカヤ」 俺の名を、元希さんは俺の耳を甘噛みしながら囁く。 元希さんの声と粘液の齎す音が、鼓膜から脳へ一直線で伝わる。 熱い息がかかると俺が震えるのを元希さんは楽しんでいる。 ちゅく、ちゅく、と耳の中を犯され、俺は堪らなくなって、その背中に絡めた腕に力を込めた。 「タカヤ、タカヤ」 元希さんは俺の名前を呼ぶだけなのに。 耳の中に木霊すその言葉が、愛しい愛しいと叫んでいるように聴こえる。 それは俺の願望なのだろうか。 それとも他の誰かが聞いたって、ちゃんと俺と同じように聴こえるのだろうか。 ぼんやりと元希さんの肩の上で天井を仰ぐ。 耳から頬へ、頬から首筋へキスを降らしながら、尚も強く抱きよせられる。 どうして、こんなにも。 ここでは俺を求めてくれるのか。 「もう、どれか、はっきりして下さい」 「ん?」 俺が必死に声を振り絞ると、元希さんは一旦離れて俺の瞳を覗いた。 「俺はアンタが、よく分かんねーんだ」 「そっか?こんなに素直に表現してやってんのに」 「だっ、て……ふ、う……」 興醒めする会話を終わらせたいのか、元希さんはその舌を俺の口内の奥までねじ込んだ。 伝わらないはずがない。 こんなに熱くて、こんなに近くて、伝わらないはずないけれど。 マウンドでのアンタは、今のアンタとまるで別人じゃないか。 また元希さんが俺の耳を食むから、俺は元希さんを強く抱いた。 しがみつき、熱を求め、どうかどこにも行ってしまわないようにと。 「本当のアンタは、どれ、ですか」 「はぁ?どれって……つーかこれは」 元希さんは複雑で不安定な人だ。 コロコロと表情を変えながら、俺を惑わす。 でも、そんな数々の表情を知っているのは、多分。 「タカヤにだけ、だろ」 最後に不敵に笑ってみせて、その顔は乞うように俺の肩に寄り添う。 俺を求める大きな子供は、小さな声で呟いた。 何一つ飾らない自然な声で一言、好きだ、と。 [*前へ][次へ#] |