[携帯モード] [URL送信]

よみもの~中等部編
1 ~kaoru

9時半過ぎに家に着くと、丁度残業をしてきた父さんも帰ってきた所だった
「奏音ちゃん、また悪くしたって?」
「うん」
父さんは、心配だな?と言い、玄関で迎えてくれた母さんにただいま、と告げた

「薫、晩ご飯どうするの?」
「食べたから...いい」
「じゃあ、お茶いれましょうね?」
母さんは、俺にやさしい声をかけ、ダイニングへ行くように促した
リビングに入ると、テレビに張り付いていた葉末が顔を向けて笑う
「かのんちゃん、どうですか?
 あ、そうだ...兄さん、病院食足りなかったでしょ?」
「7時以降は飲み食いできないからって、
 まだ時間前だとか言って、プリンとゼリーを節操なく食べて医者に怒られてたぞ?」
俺は葉末の軽口に、やんわりとのってやる
「お前からのメール、助かった...ありがとな?」
「いえいえ、兄さんもお疲れさまでした」
葉末はふふ、と笑い、僕はお風呂に入ってきます、とリビングをでた

着替えをすませた父さんが、テーブルについてビールを飲み始める
「それにしても、菊池さん家も大変だな?」
そう母さんに言うと、そうねぇ、と、母さんは自分と俺のお茶をいれ、
薫もお茶、はいったのよ?と、声をかける
「いくら再手術をしなくちゃいけないからっていってもねぇ...
 智子さんが言うには、自家腱移植らしいのよ
 なんだかこわいわ...」
「ちょっと聞いた話だけど、そういうのは割とあるらしい
 そこまで特別な手術ってこともないんじゃないかな?」
「それにしたって...女の子よ?
 傷だって残るんじゃ...」
「まあ、とにかく週末にみんなでお見舞いに行こう...
 母さん、ご飯にしてくれるかな?」
ハイハイ、と溜め息をつきながら、母さんは食事をテーブルに並べた

お茶を飲み終わり、湯のみを洗う
「俺...明日...練習の後に病院寄るから...」
隣で片付けをする母さんへ告げる
「そう、じゃあ明日も遅くなるのね?」
「うん...」
母さんは、ふっと息をついて、優しくしてあげてね?と笑った

風呂をすませ、自分の部屋のソファに腰をおろすと、
やっと一息つけた、という気分になった
ずるずると、身体を滑らせ、ソファの背もたれに頭をのせる

そうやってしばらく目を瞑っていると、葉末が俺の部屋へやって来た
兄さん、こういう事はあまり言いたくないんですが、と、顔を歪ませる

葉末は、俺達。。。葉末も含む俺達が、どんな風にウワサをされているか、
そして、放課後に偶然聞いたという、かのんへの中傷の内容について俺に話しはじめる

まさか俺も、そこまで言われているとは想像もできなかった
俺や。。。先輩達の気を惹くために。。。何だって?
そんなはずないだろう?
しかも、それをかのんが聞いてしまっただなんて。。。

そんなはずない

俺の気を惹く為に、かのんは自分を犠牲にしたんじゃない、と、俺は信じている
仮にそうだったとして、何故かのんはあそこまで後悔する?
何もなかったと、そう言い切る?
逆だろう?
気を惹きたいなら、あの事を盾に取って俺をどこまでも縛り付けるはずだ

俺はますます、警戒しなければならない
絶対にあのことは知られちゃいけない
もし、知られでもしたら。。。
それこそ、格好のネタになってしまう

押し黙る俺に、葉末は眉をひそめる

「僕は...何を言われても、かのんちゃんが大好きですよ?
 今でも、コレからもずっと、ね

 兄さんも、でしょう?」

そう言って葉末は、生意気な顔を向けて笑う

「僕はね、かのんちゃんが大好きだから
 『今まで通り』関わり合っていきたいんです
 あんなくだらない噂なんかに惑わされずに、ね」

ニッと強気の笑いを俺に突きつけ、葉末は部屋を出て行った

それは俺に対する宣戦布告なんだろうか?
それとも
他意はないのだろうか?

俺にはわからない

だけど
今も、かのんは俺といるよりも、葉末といる方が幸せなんじゃないか?と、
そんな迷いが俺の胸の奥でくすぶり続けている


葉末が部屋を出てから、俺は直ぐに布団へと潜り込んだ
身体を楽にし、目を閉じ、さっきの葉末の話を反芻する

かのんは、あんな事があったなんて、一言ももらさなかった
噂、いや、中傷をしている連中を責める事もなかった

西森が言っていた事を思い出す
周りにいるファンには振り向きもしないくせに、
先輩達がかのんばかりをかまうから嫉妬を買うんだ、って

確かにそうだろう

だが、これは。。。いきすぎじゃないか。。。

かのんは『そこにいる』だけ、だった

かのんは俺達の気を惹く為に何かした、なんて事は一度もない
いつも、先輩達がかのんを一方的にかまっていただけだ
それなのに、こんな風にいわれてしまうものなのか。。。

確かに、先輩達は人気があった
その人気を持てるだけの実力も、人としての魅力もあった
だが、かのんは。。。目立たないだけで、
本当は先輩達にも引けを取らない程、魅力はあるんだ
人としても、ピアニストとしても

不二先輩も言っていた
かのんの事を人として興味がある、って
まあ、半分はおもしろがってからかっていたにしても、
先輩達にとって、かのんは興味のある対象だったんだろう
誰に対しても遠慮がなく、だが、でしゃばらない
打算も何もなく、ふにゃふにゃと笑う、そんなかのんを好ましく思っていたはずだ

俺達は、オモテに出ている分、派手に騒がれるが、
本当は俺にはそんなに人を惹き付けるものはない
ただ『その中にいた』から、目立つだけ、だ。。。
俺は人として、かのんの足下にも及ばない
そんな存在だ。。。

そうだよな。。。

俺は、アイツと釣り合うだけの男じゃない、って事だ

俺はただ、かのんの優しさに甘え
自分の都合が悪くなれば、突き放すような事ばかりをしていた

どれだけ俺はかのんを傷つけてしまったんだろう
どれだけ
どれだけ我慢をさせてきたんだろう

そんな辛さを一人で抱えてきたかのん
誰にも言えず、ただ、耐えていた
ふにゃっと笑って、なんでもないと俺の為に嘘をついていた
そして。。。本当はいつも、いつも泣いていたんだ

それでも

かのんは俺を求めてくれた
これがどれだけ大きな意味を持つか、お前にはわからないんだろうな?


薄れていく意識
かのんを想い、その暖かさと寂しさに、

涙がこめかみへと伝うのを感じた

[次へ#]

1/37ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!