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よみもの~中等部編


U-17合宿
合宿初日から、いろいろと予想できない事だらけだった
いきなり、勝ち組と負け組とに振り分けられ、負け組の俺は崖の上の練習場へと送られた

崖の上ではケイタイを充電出来ないから
ずっと電源は切ったままにしておいた
緊急の際に使えない、なんて事になっちゃ笑えないからな

そして俺達『負け組中学生』は、試練を経て、またここ、U-17合宿所へと戻って来た





夕食後、トレーニングルームでウェイトをした後、
部屋に戻ると、財前が自分のケイタイをいじる手を止めて、顔を上げた
「メール来てたみたいやで?」
さすが、何もしてない時はいつもケイタイばかりいじっている財前
他人のメール着信にも、敏感な訳だ。。。
「おぅ」
充電器につないだままのケイタイに、メール着信のサインがでていた
もしかして、と、受信ボックスを開いてみると、やっぱりアイツから
自分でも、顔が緩んだのがわかったが、
今部屋には財前しかいないし、ヤツも自分のケイタイに夢中だから。。。
誰にも見られてないよな?

。。。にしても。。。
崖の上のトレーニングから戻って来た俺に振り当てられた四人部屋
ルームメイトは、四天宝寺の財前光、氷帝の日吉若、そして、立海の切原赤也
まったく。。。協調性のカケラもないヤツばかりじゃないか
。。。俺も、だけど。。。
この部屋割りって、絶対偶然じゃないだろ
どういう魂胆だよ?


合宿に参加してから、初めてのメール
普段から、用事のある時以外は俺もかのんも、メールも電話もする事はない
だから、なにか重要な事なんだろうか?と
メールを受け取って、うれしい気持ちもあったが、
何か緊急の用事なのか?それとも。。。
と、少し不安になる



To; 合宿頑張ってますか?
  今日、先生から新しい課題を頂きました。
  とてもカッコ良くて、力が出る曲です。
  海堂君も、時間があったら聴いてみてください。
  忙しいのにゴメンなさい。



メールを読んで安心した
よっぽど曲が気に入ったんだろう
曲名は...
後で、コンピュータールームで、検索してみよう
あそこなら、ヘッドフォンもあるし、ゆっくり聴けるはずだ

9時を過ぎているが、どうしようか?
返信をしようか?
まだ起きてる時間だけど。。。
「なんや海堂、カノジョからメールか?」
急に投げかけられた言葉に驚いて、顔を上げると
さして感動もなさそうな顔で財前が、俺を見ていた
「別に、ええねんで?」
それだけ言うと、また自分のケイタイに視線を戻す
しかし、指を動かしながら、言葉は続いた
「崖の上におったんやし、ずっとハナシもしてへんのやろ?
 カノジョも待ってんのとちゃうん?」

そうなのか?
あの日。。。俺もかのんも、お互いの中に、同じものをみつけたかもしれない
が、だからといって、表面上はいままでとあまり変わらない
メールも電話も、学校での会話も最低限
どっちかというと、葉末とメールをする方が多いくらいだ
あとはたまに、土曜の部活が終わった後、時間が合えば、
ストリートテニス場に一緒に行くくらい
それだって、桃城や不動峰のヤツら、そして橘さんの妹も一緒で、
かのんは、ほとんど、橘さんの妹とハナシをしている
だからといって、俺は何も不満に思ってないし、
かのんだって、そうなんじゃないか?
そこで乾先輩が、前に言っていた事を思い出す

『あまりかまってあげてなかったから、愛想を尽かされた』

実は、言わないだけで、不満だらけ。。。とか。。。
俺はケイタイをもう一度見つめ直す
このメール。。。本当は何か他の事を伝えたいのかもしれない
。。。いや、アイツは、そこまで深く考える質だろうか?
うれしくて、誰かに言いたかっただけ、とかじゃないのか?
「なんや、自分...えらい厳しい顔して...
 電話、したりぃな、な?」
そ。。。そうだな。。。
財前の言う通りだ
ここで俺が、悶々と考えていても仕方がない
しかし、この場で電話はさすがに敷居が高い。。。ような気がする
とりあえず、メールだ

 Re; 今、何をしていますか?電話で話せますか?

返信はすぐにあった

  Re; レッスン室で、新しい曲の練習をしています。
    海堂君は、今電話できますか?

    Re; ここでは話せないので、電話の出来る所に行きます。
      こちらからかけます。

俺は直ぐに部屋を出て、なるべく人のいない所を探した
談話室はダメだ。。。どこなら。。。
結局、エントランスの隅くらいしか電話の出来そうな所がなかった
薄暗くてひんやりしている。。。声も響くし。。。ちょっと。。。
いいや。。。考えるな、俺。。。そんなモンは、いねぇ、いるはずねぇ。。。
そ。。。そうだ、切原が言ってた。。。おまじない。。。えぇっ。。。と
ステップステップ、ワンツーワンツー、くるりと回って。。。なんだったっけ。。。
ああ、いや、俺、考えるな。。。
落ち着かないけど、これ以上遅くなるのも気が引けるので、仕方がない
俺は、通話ボタンを押した
ワンコールも終わらないうちに、すぐにつながる

(海堂君っ)
やけにうれしそうじゃないか?
「練習してたんだろ?悪いな、邪魔しちまって...」
(ううん、そんなことない
 でも、海堂君から電話もらえるなんて、びっくりしたぁ)
うれしそうに笑うかのんの声に、さっき迄のヘンな気分が吹き飛びそうだ
(練習どう?大変?)
「あ、ああ...そうでもねぇ」
(って言うと思った、大変でも弱音吐かないよね?)
こういう口調もいつも通り
「うるせぇよ...お前、新しい曲練習してるんだろ?」
(うん!派手〜で、キラキラ〜で、ガッテンな曲っ♪
 すっごく私好みなの、聴いてくれた?)
「まだ、だけど...今、弾けねぇのか?」
(まだはじめたばっかりで、全然弾けないよ
 でもテンポゆっくりで、途中までなら...ちょっと待って.....)
ゴトゴトと音がする、ハンズフリーに切り替えたらしい
携帯をピアノの脇に置いたんだろう
(まだ全然だめだからね)

一呼吸あってから、バン!と最初の音が響く
ピアノの音量に、ケイタイが対応しきれてないのだろう
びりびりと耳障りな音も混じっている
それでも、雰囲気は十分伝わって来た
かのんの言った通りだ、腹の底から力が沸いてくる感じ
だがすぐに、バラバラッと、まとまりが無くなってきた
電話の向こうで、戸惑っているのが伝わってくる
(ゴメン海堂君、これで精一杯、本当は、もっと速いんだよ、これくらい)
そう言って、また弾き出した
こんなに速いのか、と、俺が感心する間もなく
(うにゃーーーーーーっ、ムリムリぃっ)
と、叫ぶかのん
今どんな顔をしているのか、容易に想像できて、俺は思わず苦笑する
「悪いな、ムリ言っちまって
 でも、本当だ、カッコ良くて力が出る曲、だな?」
俺はわざと、かのんのメールを引用した
(もうっ、それ、わざと言ってるでしょ?)
わかってるじゃないか
「じゃ、こう言おうか?
 かのんちゃんは力持ちなんですか?
 海堂君よりも、力持ちそうでしたよ?」
俺はいよいよ笑いを堪えるのが難しくなって来た
(あらそう?薫クンのプライド、刺激しちゃったかしら?)
くすくす笑いが聞こえて、俺もついに笑い出してしまった
「なあ?」
(なあに?)
「その曲、弾けるようになったら、ちゃんと聴かせてくれよ」
(うん、海堂君が合宿から帰ってくる迄には、最後まで弾けるようにがんばるね?)
「おう、でも、あんまり根を詰めすぎんなよ?」
(海堂君?)
「ん?」
(電話、ありがとう...)
 語尾が震えているようだった
(合宿、がんばってね?)
「お前...泣くなよ」
(泣いてない)
うそつけ。。。ホントは泣きそうになってるくせに。。。
「そうか?ならいい...
 また、メール、くれよ?
 俺、なかなか返信できないかもしれねぇけど...」
(うん...あの...)
なんとなくわかってしまった、かのんの言いたい事
「俺、お前の声、ききたかったんだ
 ついでに、ピアノも聴かせてもらったしな?」
(ヤダ、あんなのダメダメじゃんっ、恥ずかしいっ
 けど...ありがと...
 よかった、海堂君の声、きけて...元気にしてるんだね?)
「当たり前だ、お前、俺を誰だと思ってるんだよ?」
(えぇっと...海堂薫...じゃなかったかな?)
くすくす笑いが戻って来た
「もう、泣いてねぇな?」
(...うん)
「また電話する...あ...」
(ん...弾こうか?)
「うん」
電話の向こうから、静かな旋律が流れてくる
 ベートーベン ソナタ『悲愴』二楽章。。。
何だ、今日は一段と甘目、じゃないか。。。
俺は目を閉じ、ピアノを弾くかのんの姿を想像した


「おやすみ」

(海堂君も、おやすみなさい)


体中に張り付いていた、重たいものが、すうっと抜けたような気がする
合宿所に来てから、ずっと気が張っていた
そりゃあ、たるんだ、いい加減な気持ちで参加してたんじゃ
イミがないって、そうは思ってるけど
やっぱり、気負いすぎていたのかもしれない

前に、ナントカって言ってたな。。。
俺って。。。なんだっけ?なんか『ソレ系のパワー』持ってるんじゃないか、って
でも本当は、お前が『ソレ系』なんじゃないか?
やっぱお前、すげぇな
俺をこんなにもやる気にさせちまうんだから
お前が頑張ってる姿想像するだけで、
俺はキツい練習も弱音を吐かずに乗り越えられそうな気がするよ

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あきゅろす。
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