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よみもの~中等部編
6 ~kaoru

連休期間は地区大会に向けての練習が主になり、レギュラー以外は、基本、自主練習
だから、1年の仮入部員に限らず練習にでなくてもいいのだが
俺はほぼ毎日、部活に出かけた
なぜなら、いつもは遠くの存在のレギュラー陣が近く感じるから
もちろん、一緒に試合なんてさせてもらえるわけではないが、
レギュラー同士の練習試合をじっくり観戦することもできるし、
走り込みに付いていくことだってできる
途中で置いてけぼりにされるんだけど。。。


連休最後の日、部活は午後からだったが、俺は早めに家を出て、学校へと向かった
まだ誰も来ていないが、かまうことはない、俺は一人で素振りをする
本来、一年はまだラケットを握らせてはもらえないが、これは自主練習だ
誰も咎めることはない

そのときふと、校舎からピアノの音が聞こえてくることに気がついた
音楽室からだろうその音は、止まったり、始まったり、速かったり、遅かったりするから
誰かが弾いているんだろう、CDじゃなさそうだ
俺はクラシック音楽には詳しくないから、何の曲かわからないけど
それでも、すごいな、と思う
音が、一度にたくさん聴こえてくる
俺がすごい、と思うのは「ねこふんじゃった」ですら、マトモに弾けないからなんだけど。。。
いつもは部活中にピアノの音が聞こえていても、放課後のグラウンドはいろんな音が混ざり合っていて
ピアノの音も、その一部だったから、ここまで意識したことはなかった
そうやって、音楽室の開いている窓を見ながら、しばらく聴き入っていると
「ベートーベンのピアノソナタ 悲愴」
低音の、ちょっと鼻にかかった声が俺の後ろで響いた
「う...わっ...乾先輩っ!?」
俺はあまりにも唐突に出現した、2年の乾貞治先輩の声にラケットを落とす程驚いた
「海堂、薫君だったよね?早くから来て、熱心だね」
そう乾先輩はいいながら、俺の落としたラケットを拾って手渡してくれる
「す...すみません...あの、先輩?」
「うん?」
「ピアノ、わかるんですか?」
「この曲は有名だからね、海堂は聴いたこと、ないかな?」
「あのっ...すみません」
緊張してあやまりの言葉しか出てこない
いや、それだけじゃなくて、自分の無知さに恥じ入る
この先輩はデータを集めるのが趣味だと聞いたが
テニス以外のデータもたくさん集めているんだろうか?すごいな。。。
その時、知っている旋律が流れたような気がした
「あ」
これ。。。映画ジュラシックパークの挿入曲として使われてたような気がする
俺は映画も好きで、新しいものはもちろん、古い映画だってみるのだ
「ほらね、聴いたことあるだろう?」
俺は、うんうんと頷く
全く知らない訳じゃないんだと、たったこれだけの旋律を知っていただけで
俺は、ちょっとだけ気を良くしてしまった
「このピアノはきっと、岩崎門下の誰か、だろうね」
「岩崎門下?何ですか?」
「うん、音楽の岩崎先生、海堂も知ってるだろ?」
「ハイ」
「その岩崎先生は、その筋では割と有名なピアノの指導者なんだよ
 何人かの優秀な生徒を門下生として集めて、部活動の時間に、ピアノを教えているんだ
 中等部だけでなく、高等部からも生徒は集まってくる
 それで、毎年、いくつか音楽コンクールがあるんだが、
 そこに生徒を出場させてるんだ、青春学園の名前で、ね
 もちろん、部活というくくりからすると微妙なんだけどね、学校としては良い宣伝にもなるし、ね」
「は...あ...」
そうなんですか、という言葉は飲み込んで、また教室の方を仰ぎ見、次に乾先輩に視線を戻す
本当に、この人は、データ蒐集家なんだろうな
「海堂、昼食をとっておいで、午後からの練習、キツいぞ」
「ハイっ!」
ふっ、と笑って乾先輩は俺の背中をポンポンと叩いた



帰宅した俺は、着替えもせず自室のソファーに身体を投げ出した
ごろん、と、ころがって、今日の部活で観た、レギュラー、準レギュラー陣の練習試合を思い出す
観戦している俺たちも、息をのむほどに白熱したゲーム
その様子を今、思い出しただけでも、興奮で顔が火照ってくるようだ
もうすぐ地区大会
でも、そこだけではおわらない
青学はその次の都大会、関東大会、そして全国大会出場を目標に据えている
今はラケットも握らせてもらえないけれど、
来年の夏はレギュラーになって、全国大会でプレイしてやるんだ

夕食後、自分の部屋で行き、明日からの学校の準備をはじめた
そうして、思い出してしまった、連休前の事を
確かめた訳ではないけど。。。確かめようもないけど
なんとなくわかってしまった、なんとなく
気まずい感じがする、いや、感じ、じゃなくて、スゴく気まずい
だって、こういうことって、知られたくないよな?普通は
でも、謝るのも違うし。。。別に俺は何も悪いことをしてない
おめでとう。。ばっ!!ばか!!俺はなんてコトを!!!!
ぐるぐる ぐるぐる ぐるぐる。。。
小一時間ばかり。。。あくまでも主観で、そんなに時間はたってないと思うが、悩んだあげく
俺の出した結論は。。。
よし、ここは何事もなかったことにしよう、そうだ、それが一番だ
彼女もその方が気が楽なはずだ
俺は大きく、フシューーーーーーーッ、と、息を吐き、
少しでもさっきの『ぐるぐる』を吐き出そうとした

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あきゅろす。
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