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創作・短編小説
桜咲く

 通いなれた教室
 春がくれば新しい世界が広がっていた
 それなのに開花もせずに桜の花びらが散った、そんなことにすら気付かずに私は此処に佇むのだ。







(君を待っている)





 微睡みから覚めていく
 見慣れた教室の机の上に頭を乗せていた。顔を上げると、これもまた見慣れた男の子の背中

「…楓」

「えっ」

 寝ぼけたまま声をかけると、楓はこちらへ振り返り目を丸くさせた。
 私は一番後ろの席から、一番前の席に座って、金魚みたいに唇を何回かぱくぱくさせる楓を見つめた。
 やがてそんな彼がゆっくりと言葉を発する。

「…あ、さ、桜…?いつから、いたんだよ」

「ずっとじゃないかな。ずっと眠ってたから…」

 後から来たのはきっと楓だと思うよ、と続けようとして顔を上げると楓の姿に今度は私が目をぱちぱちさせた。

「ねぇ、寒くないの」

 楓はブレザーを羽織っているだけだった。その上から不恰好でもコートを羽織らないと、真冬の放課後の教室は寒いのに

「え、あぁ…桜は、寒いのか?」

「…?寒くないよ、コートがあるもの」

 あんたと違って、と付け足してダッフルコートから覗く自分の足を見てから、楓へもう一度顔を向けた。
 ひとつ下の弟は、私を見つめたまま近付きも離れもしない


「…開花、早くしないかな」

 沈黙になるのが嫌で、そう呟くと楓は窓の外へ目を向けた。暗闇に包まれていて、外の様子は分からない。
 呟いた言葉に返答はなく、怪訝に思い弟へ視線を投げかけた。

「楓…?」

「…ずっと待ち続けていたのか」

「なにが?」

「ずっとそこに座ってたのか」

「…ねぇ、何よ」

 楓が突然私と会話をせずに一方的に話しかけてくる。声は平坦なのに、焦っているかのように私に隙を与えない。
 
「寒かったか?」

「さっきもそれ、聞いた…」

「痛くはなかったか」

「なにが…」

 意味も分からず胸がざわめくのを感じ、苛々する。彼は問い掛けてくるのに、私の答えを待ちもしないのだ。

「さくら」

「なによ、あんたさっきから」

「俺のこと、連れていくのか?」

 真っ直ぐこちらを見る、弟の瞳に、何を言ってるの、とは言い返せなかった。
 私の中から苛々とした焦りが消えて、変わりに自然と言葉が零れ落ちた。

「そんなわけ、ないでしょう」

 何を言ってるんだろう、とぼんやり考えた。楓には私が何を言ってるのか分かるかのように、眉をひそめた。

「…憎んでいるか」

 平坦なのに、悲痛な音として聞こえる声に、私は意味も分からない筈なのに緩く首を左右に振った。

「憎んでなんか一度もなかった」

 悲しい、と胸の中に芽生えた気持ち。
 自然と零れ落ちる言葉の数々の本当の意味も、楓の言葉の意味も理解していた。私は知っているんだ。
 今にも泣き崩れそうな楓を見て、笑いそうになる。

「…喧嘩して、それを最後にしちゃって、悪かったと思ってただけよ」

 記憶が蘇っていく。
 私は死んだんだった、楓と喧嘩して、脛を蹴りあげて駆け出して、車の前に飛び出して、呆気ない終わりだった。

 呆気ない終わりだったのに、たくさんの人に、迷惑をかけてしまった。

「さくら、」

「…卒業、おめでとう」

 暗闇で見えない校庭へ目を向けた。
 見えないだけで、桜の匂いが香るのは分かった。

 ここは私の通いなれた教室じゃなくて楓の教室で、私が迎えられなかった春を、楓は迎えたんだね


「楓、ばいばい」

「桜…!」

 机と机の間を通り抜けてくる楓が伸ばして腕は私の体を通り抜ける

 おかしくて、少し笑ってしまうと同時に私の意識は真っ暗になった。暖かな感覚に包まれて、そこから先は何もなかった。


 一人取り残され、まるで幻覚と向き合っていたかのようにさえ思えた。通り抜けた手の平を眺め、拳を握る。

 泣き出しそうで、嗚咽を溢すと手の平の中がふわりと暖かさを感じた。

 手の平を開くと、桜の花びらが一枚、そこにあった。






(君をずっと待っていた)



fin

11.12.29

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あきゅろす。
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