創作・短編小説 さようなら、そして 大きな荷物を肩に背負い、膨れた紙袋を両手に抱えて、吹っ切れたような笑顔を浮かべる貴方 「またね」 弾むような明るい声が、大好きだったのに今は腹が立つ理由にしかならない そんな気持ちで睨む私の瞳に、貴方はにこりと笑った。 その笑顔さえも今は嬉しくは思えない。 「裏切りものめ」 「縁起でもない」 思わず口から出た素直な言葉に、おどけたように目を丸くさせる 演じるような言動が腹ただしくて、その足を踏み潰してやりたくて、勢いよく相手の足の上に、踏み出してやった。 「いっ…!」 ヒールで踏んづけたから、痛みに歪んだ表情が本物だと分かり、微かに胸の奥がすぅっとした。 大事な話を後回しにされた腹いせはできた。 「よくまあ、お父さんたちが許したわね」 痛みに苦笑しながら、貴方はしゃがみ、紙袋片手に抱えて、シューズの上から足を擦りながら私を見上げた。 「我が家のご心配は無用。問題はまだまだ残ってるけど、了承してくれたんだからさ」 「だからって今更?大学も出て、就職もして、なのに今更転勤して、上京すんの?」 「こんな自分じゃクビになるし。なのに採用してくれた会社は貴重だからさ」 この会話だって何度も繰り返した。 貴方の気持ちが揺るぎないことくらい、とっくに理解しきっていると言うのにね。 貴方は立ち上がり、私の両手に紙袋を押し付けた。 「なによ、これ」 中身をなんとなく悟ってはいたけれど渡された紙袋を、眉間に皺を寄せ見下ろした。 「服だよ。サイズ同じくらいだったろ、スカートとかさ」 「…おふる?」 「可愛い、って言ってたじゃん。奈美が褒める服って、お母さんのセンスばかりだったけど」 もう要らないのだと、その表情や声が語っていた。 捨てるよりも親友の私に、渡そうというのか 「…あたしね、怒ってるんだからね」 「知ってるよ」 その瞳に揺らぐ優しい色合いは、変わらず貴方のままで、貴方がいなくなるとは考えられない 「もっと早く言ってほしかった」 「…うん。早く、言いたかった」 その一言に鼻の奥がツン、として寒さをしのぐふりをして紙袋を抱き締めた。 こんな気持ちにさせる貴方が嫌で、もう一発踏んづけてやりたかったけど、貴方は私を見て微笑んだからやめた。 「…あんたの顔を見るのは最後ね」 「いやいや、同窓会には顔出すよ。あっ、びっくりさせたいから誰にも言うなよ」 「…知らないわよ。それに最後よ」 荷物を背負う貴方を爪先から頭の天辺まで眺めた。 親の為に伸ばしていた髪さえばっさり切り、清々しい表情を浮かべている 理解が難しい告白を、それでも受け入れられたのは、貴方が大好きだからだ。 素直に言えない自分に、益々泣きそうになったのをぐっと堪えた。 「女のあんたと会うのは最後」 大好きな親友 かっこいい女の子 男の子になりたかった、って打ち明けた貴方は素のままに生きたいと告げた。 そしてその為に上京するらしい、小さな田舎で父母に肩身の狭い思いをさせない為に。 きっと貴方は、同窓会にだって帰っては来ない 「男の俺に、惚れるなよ」 今まで気遣いのための一人称、貴方は自分をもう「私」とは呼ばない 「惚れるか、ド阿呆」 私は漸く、そこで笑みを浮かべた。天地がひっくり返ったて、男前になったって惚れたりはしない 例え性別が変わろうとも、貴方は私の親友に変わりないのだ それじゃあ、と嫌にあっさりと背中を向ける、別れの姿に向かってそう叫ぶ変わりに、女だったあんたを詰め込んだ紙袋を抱き締めた。 変わった見た目と、変わらぬ心を持った君に会える日を、楽しみにしている。 fin 11.12.18 [*前へ][次へ#] |