創作・短編小説
猫とおばあちゃん
春の優しい風
夢心地になれる
まるで、あなたの膝の上みたい
「ミャーオ」
―おばあちゃん、聞いてちょうだいな。
「ミャーオ」
―今朝もおばあちゃんの娘の晶子がやってきてね。
「ミャー」
―私が可愛いからってね、つれて帰ろうとするのよ。
「ミャオミャー」
―でも安心してちょうだい。
「ミャアミャア」
―私、そっぽ向いてやったからね。だから、すねたりしないでね。
「ミャーミャア」
―おばあちゃんのお膝に座って、おばあちゃんの作る鰹節ごはんが食べたいわ。
「ミャーオ…」
―おばあちゃん、お家にいれてちょうだいよ。
「…ミャオ」
―おばあちゃんのお膝の上で眠りたいわ。
「ミャーオ、」
三毛猫の何度目かの鳴き声で玄関の扉が開かれた。
ピン、と三毛猫が耳を立てると中から小柄な老婆が現れ、ミケを見ると目を丸くさせたが、瞬きを繰り返してから柔らかく微笑んだ。ふっくらした頬がほんのり赤らむ。
「おやおや、また来たんだね」
老婆がしゃがみ、三毛猫の喉仏を指でくすぐると、ゴロゴロ喉を鳴らした。よろよろした足取りで老婆に擦り寄ろうとすると、背後から中年女性の声がした。
「ミケ!」
「おや、栗原さん」
老婆が柔らかく声を掛けると、近所に住む中年女性、栗原晶子がすまなそうに頭をさげた。
「いつもすみません、先日は勝手にお家に上がり込んでいたようで…」
「ミャーオ」
三毛猫の非難めいた鳴き声がひとつ。
老婆は三毛猫を抱きかかえた。
「いいえ、栗原さんのおばあさんの住んでた場所ですもの」
「そんな、もう何年も前の話です」
「ミャオ!」
そうよ、あんた達はおばあちゃんの体が弱くなってきたから引っ越してきたのよ、今までほったらかしだった癖に! 三毛猫が繰り返し非難めいた鳴き声をあげるからか、老婆は腕の中の三毛猫の頭を優しく撫でる。
「きっと、ネコちゃんはわたしを栗原のおばあちゃんと思っているんだね」
ゴロゴロ喉を鳴らし目を細める猫の姿を晶子は申し訳なさそうな視線で見つめた。
しかし三毛猫はまったく晶子の目線に気付かずに心地よい温もりに包まれたままである。
「すみません、本当にご迷惑を…」
「…図々しいのは承知の上なんだけどね、ネコちゃんを預かるわけにはいかないかしら」
「えっ?」
「わたしも、おじいさんも子供が東京だからね、寂しいのよ」
慈しむように三毛猫を抱き続けながら老婆はそう告げた。その声は懐かしいものに語り掛けているかのようにも、寂しそうにも聞こえた。
「でも…その、見ての通り、年老いて呆けてますし…そろそろオムツも必要だと思うんです、もっと若い猫の方が、」
「ふふふ、調度いいのよ。若い猫じゃ、わたしたちが先にいってしまうでしょ。成人した猫がなついてくれるかもわからない…でもこの子はこんなに…こんなになついてるわ。見て、気持よさそうな顔ね」
三毛猫を撫でる手の平は、優しく、温もりに溢れている。
三毛猫はまるで頷くように「ミャーオ」と鳴いた。
晶子が躊躇った後に頷き、了承すると、老婆は三毛猫に頬ずりして囁いた。
「今度はずっと、いっしょに、いましょうね」
「ミャァオ」
春風に吹かれて猫のしわがれた鳴き声がひとつ。
Fin
011.10/08
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