8.ソフトボールは手の平が痛くなる
昼休み、大量のノートを抱えて、職員室の扉を開けたのは制服姿の女生徒。
「…お、凜。日直か?」
「あ、左之兄!永倉先生の机ってどこ?」
彼女はノートを抱えたまま俺を見てぱあっと笑顔を向けた。
「ああ、俺の隣だ。ってか、学校では先生って呼べっつったろ」
「はーい、左之先生」
『左之兄』と呼ばれるのは好きだし、凜の特別、な感じがするのだが、最近俺は『兄』と呼ばれることが嫌だった。まだ『先生』のほうが『男』として見られている感じがする。
「凜、これ、数学の課題か?」
「うん。あたしは間に合わなかったんだけどー」
「ちゃんと出せよ。お前数学やばいんだろ?」
「ゔ、な、んでそれを……」
さりげなく彼女からノートを奪うと、凜は少し頬を染めて「ありがと」と呟いた。ホントにこいつはどうしてこうも可愛いのか。また家庭教師に行ってやろうか。高校になってから、最近行ってないからなあ。
「土方さんから聞いた。他の教科はぶっちゃけ良いのになって」
「……あンの糞教師…!!人のプライバシー易々と曝しやがって…っ」
「はは、凜、可愛い女の子がんな口のきき方するな」
「…か、かわ…!?」
散らかりきった新八の机にノートを置いて、ほんのり色づいていた頬をさらに真っ赤にした凜の頭をぽんぽんと撫でる。
しっかしこんな大量のノート、よくこんな細い体で持ってきたもんだ。俺は男だからそうでもなかったが、女子一人が持ってくる量じゃない。
すぐ隣が俺のデスクなので、腰掛けてから彼女をもう一度見る。
「それにしても、よく一人でこれ持ってここまで来れたな」
「ああ、こう見えても体操部だから!」
細い腕で筋肉を強調しようとポーズをする。その仕草が彼女らしくて顔が綻ぶ。
だが、同時に浮かぶ疑問。
「あれ、お前剣道部に入ったんじゃなかったか?マネージャーとして」
「…へ、ああ……土方の野郎に無理矢理、ね。でも、斎藤くんに誘われたし、千鶴にもお願いされたから」
「うちの剣道部は強豪だからな。俺や新八もOBだし」
「保健委員長の山崎先輩もだよね」
「ああ、凜は保健委員だったな。まああいつは受験で仮引退中だけどな」
「やっぱりそうか…山崎先輩の剣を振る姿、見たかったなあ…」
「まあ、引退から帰ってきたら見れんだろ」
「その頃にはあたしもマネージャー引退してるよ」
「はは、土方さんと風間が許さねーだろ」
「は?風間?って…もしかして千景のこと?」
大きな瞳をさらに丸くした凜。
いつの間にか新八のイスに座っている。
俺は彼女にあげるためのお菓子を出そうと鞄の中を漁りながら、
「ああ、G組の風間千景だ。あいつ、凜と出身中学一緒だったな」
「そうだけど……てか、土方先生の独断じゃなかったの」
「風間が生徒会長の権力使って書類捏造したらしいぜ。同じ中学出身のお前を剣道部のマネージャーにするって」
「は!?なんで千景と土方先生がグルになってんの!?あいつらいっつも仲悪いのに…!!」
「そう思うだろ。土方さんも教頭として、生徒会連中のことは普段は良く思ってないみてえだし。俺も気になって土方さんにきいてみたんだが、『今回は特別だ』って言われた」
「特別って……何考えてんのあいつら」
「まあ、お前絡みであることは間違いないだろうな。お前をマネージャーにしたかったのは同じで、理由はともかく今回は手を組んだってことだろ」
「……わけわかんない。土方先生と千景の自己中はいつものことだけど、千景が剣道部に干渉する理由なんて……」
「それは俺も何とも言えねえ。ただ、お前、よっぽど気に入られてるな、あの二人に」
「…それもう聞き飽きた」
不愉快そうに表情を歪めた凜に、鞄から出したカントリーマアムをあげると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
単純なやつ。
だが、美味しそうにカントリーマアムを頬張る彼女を見てると、やっぱりこの様子は凜らしいと思ってしまう。
「俺も、お前を気に入ってるよ。凜」
「むぐむぐ……ん?ありがほーございまふ」
「……もうちょい反応してくれてもいいんだが」
「っんー。やっぱカントリーマアムはココアだよね!ナッツがたまらないっ」
「凜に甘いモン与えると話し相手にならないな…」
お菓子の甘さに浸って幸せそうな凜。
その姿はなんというか…やっぱり可愛い。見ていて癒される。たとえ上の空でも、だ。
「そういえば左之せんせ、明日の体育ってソフトボール?」
「ああ、凜のクラスは2限だったか…明日からゲーム始めるぞ」
「やった!ゲーム!あ、でもあたしバットにボールが10回中2回しか当たんなかったんだけど、大丈夫かな?ゲーム成り立つ?」
「…多分、大丈夫だろ。やってくうちに上手くなるさ」
「よし、じゃあE組の女子ソフト部連中から一本とってやる!」
「………………頑張れよ、ほどほどに」
鼻息荒く言い放つ凜の頭を撫でて苦笑した。こいつは運動神経いいくせに、球技は昔からてんでだめだからなあ。
意欲は申し分ないし、サボりもないので良い生徒なのだが。
「怪我はするなよ。お前は女の子なんだから」
「あは、左之先生は昔からそればっかり。大丈夫、怪我なんてすぐ治っちゃうよ!」
「相変わらずだな」
強気で喧嘩腰が似合う凜。俺は凜の頭をもう一度撫でた。
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