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7.ゲームは本気でやるから楽しい


「今日はこれで終いだ!整列!」


土方先生の声で、今日の練習が終わったことを知る。


黙祷を終えてから、あたしは竹刀を磨くため部員から回収する。その後、固く絞った雑巾で床を拭き、その後床が傷まないようにモップをかけて水分を拭き取る。

その間に千鶴には対戦記録とビデオを整理しておいて貰う。

部員達が胴着を着替えている間にそれら全てを終わらせて、千鶴と二人で土方先生と打ち合わせ、その日の練習の注意点と翌日の連絡を聞く。


部員の着替えが済んだらミーティング。
土方先生からの連絡を伝えて、翌日の練習と次の試合の予定、日程を部員達と確認。

ミーティングが終わったらジャグを洗って、竹刀を磨く。剣道場と部室の証明、戸締まりを済ませ、日直と顧問の先生(まれに土方先生ではないときもある)に報告、ようやく帰宅。


千鶴にはマネージャーの日誌と書類を任せてしまっているのでミーティング終了後解散とともに帰宅を奨めた。千鶴の仕事が出来るだけ軽くなるようにあたしが入ったのだから、当然なのだろうけど、優しい千鶴は時々最後まで残って手伝ってくれた。



始めて一週間も経てば仕事には慣れたけど、マネージャーの仕事って、意外にハード……千鶴が一人でやるにはそりゃあ大変なわけだ。せめて力仕事くらいは、代わってあげたい。それに、頭が弱いあたしは千鶴よりはいちおう体力あるし。

それに、今挙げた仕事はあくまで部活中の仕事で、部室の掃除や鍵の管理など、日常での仕事も多い。


「千鶴、今までよく一人でやってたね…」

「私一人だけだったから、土方先生もあんまり厳しくお仕事押し付けたりしなかったの。土方先生はきっと凜ちゃんに甘えてるんだと思うよ」

「……だとしたらなんか凄くムカつく」

「頼られてるってことでいいんじゃないかな…?」

「いや、ある意味差別だよ。まあ、千鶴にされるよりいっか」


普段より高い位置で、あたしが結い挙げた千鶴のポニーテールをさらりと触ると、千鶴は照れたようにはにかむ。つるりとしたしなやかな指通りが心地好くてその髪から香る甘い香りに安心する。


「千鶴、これまだかかるから、先に帰ってて」

「一人で大丈夫?手伝ったほうがいい?」

「ううん。日誌も書類も押し付けちゃってるし、あたしだけで大丈夫」

「そう…?じゃあ凜ちゃん、また明日」

「うん、ばいばい」


春とはいえもう暗くなってきているため、千鶴をあまり引き止めたくない。ちょうど着替え終わった平助を引き止め、千鶴を[ちゃんと家まで]送り届けるようにしつこいくらい念を押す。何度も振り返る千鶴を見送って、あたしは床に座って息をついた。


「……よし」


気合いを入れ直し、いざ竹刀磨きを開始しようと竹刀を手に取ろうとすると、ひょいとそれが誰かに取り上げられた。


「おき、…総司」

「お疲れ様。凜」

「お疲れ。…返してよ」

「やだ。ねえ、凜、一緒に帰ろうよ」

「ごめん。まだ仕事が…」

「終わるまで待つよ」

「駄目、まだもう少しかかるし、もう暗いから…先帰って」

「ふーん」


制服姿の総司は不満そうに顔を歪めたが、黙ってあたしの隣に腰を下ろす。


「じゃあ、ゲームしよう」

「ゲーム?」

「うん。これから僕が、普段ならありえないような優しいことを言う。凜が恥ずかしくなって折れたら僕の勝ち、耐え切れたら凜の勝ち。僕か買ったら一緒に帰ってよ」

「…なにその理不尽なゲーム…」

「いいじゃん。普段なら絶対見れない僕を拝めるんだから。それとも負けるのが怖い?売られた喧嘩は買うでしょ?」

「…っ、望むところだ!」


喧嘩売られて買わないで逃げるなんてあたしのポリシーに反する。

それに普段見れないような総司が見れるなんて…なんてお得な!


総司は満足そうにニタリと笑って、あたしのほうに手を伸ばした。


「あの…」

「布、貸して」

「え?」

「僕も手伝うから。二人でやったほうが、早く終わるでしょ」

「で、でも…」

「何度も言わせないで。もう暗いなら、なおさらでしょ。千鶴ちゃんも帰したみたいだし」

「千鶴は、女の子だから」

「凜も女の子でしょ」

「あたしはそんなに弱くないよ」

「あはは、凜らしいや。でも、いくら強くても関係ないよ。僕は君に怖い思いをさせたくない。強がりならなおさらだよ。それに、凜はちゃんと女の子だ」

「……っ」


どうしてこの人はさらっとこんな恥ずかしいことを――!!

やばい、このままじゃのまれる!

負けるもんか……!


「…ありがとう」

「まあ、本当はそんなことはどうでもいいんだけど」

「…どういう意味?」


総司は竹刀を磨く手を止めて、にこりと笑う。



「…僕が、凜と帰りたかっただけ」



それだけだよ、そう言ってもう一度微笑む総司にあたしは心拍数が急上昇するのを制御できない。
真っ赤になった顔を伏せつつ、竹刀を磨く手は止めない。せめてもの強がりだ。


「あれ、凜、顔真っ赤だよ」

「〜〜〜っ!!!!」

「熱でもあるの?」


ぴとっと額に触れた総司の掌。
目の前にある端正な顔。
とたんに体温が急上昇して、赤かった顔がさらにほてるのが分かる。


「あれ、熱上がった?」

「…っ!!総司っ、」

「……かわいい」

「な゙っ!?」


誰が、かわいい!?


悪びれもなく言った総司は悪戯っぽく微笑んだ。


「…負けた………」

「あれ、もう認めちゃうの?つまらないなあ」

「認めるっ!だから離れて…」

「凜は、僕とくっつくのそんなに嫌?」

「え゙」

「傷つくなあ」


総司は傷ついた子犬のような表情で、あたしに寄り掛かってきた。
いつの間にか、あたしの手は止まっている。


「…嫌じゃない…けど」

「けど?」

「…あの、は、恥ずかしくて死んじゃう…」

「いいじゃない。僕に殺されれば。凜は、僕が殺してあげるよ」

「物騒なこと言わないでよ」


肩に感じる総司の重みと体温。
ブレザーを着ていない彼から、体温がダイレクトに伝わってくる。
逃げようにも逃げられなくて、仕方なく抵抗はしない。


「総司、寒くない?ブレザー、着てないから…」

「寒くないよ。こうやって、くっついてれば」

「ブレザー着ればいいじゃん」

「動きにくいからやだ」


まるで子供だ。


「…子供みたい」

「あはは、それもいいかもね。誰にも邪魔されずに、凜に甘えられるから」

「…はあ」


どうしてこうも絶え間なく甘い言葉を言えるんだろうか。


「そういうのは、好きな人に言ったほうがいいと思う」

「…………」

「総司はモテるから、いろいろ大変だろうけど」


突然、竹刀を持っていた手を握られた。

思わずぎょっとする。


「たったひとりの女の子にモテなきゃ、意味ないんだよ」


あたしを覗き込む総司の瞳は真剣だった。竹刀を手にしている時と同じ、まっすぐな瞳。


「…え、どういう……」

「そのうち、分かるよ」


それまで覚悟してて、


耳元で囁かれて、あたしはもう壊れそうだった。


冗談抜きで真っ赤になったあたしは、報告先の土方先生に変な目で見られることになるのだった。




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