6.マネージャーは部の象徴である
「失礼しまーす…」
「あ、凜」
千鶴が土方先生の所に行ってくれるらしいので、先に剣道場に行くと既に胴着に着替えた部員が何人かいた。その中で竹刀を振っていた沖田がこっちに向かってきた。
「部ジャージ、なかなかいいね」
「ふ、褒めてんの?…ねえ、土方先生は?」
「まだ来てない。顧問のくせにね」
「…そ。ありがと、沖田」
「…ねえ」
「なに?」
「その、沖田っての、やだ。総司でいいって。もう剣道部の部員になったんだから」
「え…でも千鶴は沖田さんって…」
「はい、呼んでみて。総司、って」
「……総司…」
「そうそう」
そう言って沖田はあたしの頭を大きな手の平でぽんぽんと叩いた。
胴着から覗く胸元と肌が色っぽくて、反射的に目を逸らした。
「あっれー、総司、今日はちゃんと来てるんだ」
「あ、平助着替え終わったんだ。と、マイハニー千鶴!」
「凜ちゃん、土方先生もう少ししたら来るって」
「うん。ありがとー。ごめんね、わざわざ行かせちゃって」
「ううん。連絡を聞くののついでだったから平気だよ」
「にしても珍しいよな。総司がちゃんと時間前に来てるなんて。いつも遅刻かサボりじゃん」
「今日は、特別だからね」
「え、なんかあるの?」
「千鶴、土方先生になんか言われたか?」
「ううん、とくになにも…」
「だって今日は、」
スイとあたしの目の前に寄ってきた沖田。
大きな手が、右の頬に添えられた。
「沖田…!?」
「総司だってば。次名前で呼ばなかったらお仕置きね」
さらっと物騒な言葉が聞こえたが、沖田の笑顔と頬に感じる温度にそれどころではなかった。
「今日は、凜が来てくれるから」
にっこり笑った沖田は、むかつくほど魅力的なのだが、それを味わう余裕がないくらいあたしはパニックになった。
「東城、…それと総司。何をやってるんだ」
頬から体温が離れたと思ったら、斎藤くんが沖田…じゃなかった、総司の腕を掴んでいた。その斎藤くんの横顔が綺麗すぎて、どきっとする。
「邪魔しないでよ一くん」
「マネージャーに手を出しているのを見れば、止めるのが普通だろう」
「…とか言って、自分も下心満点のくせに」
「…そんなことは、ない」
斎藤くんは赤くなったあたしをちらっと見て、すぐに顔を逸らした。
総司は自由になった腕を軽く振り、
「まあ、誰であろうと僕の大事なマネージャーに手出しはさせないけど」
もしかして千鶴のことか。それにはあたしも同意するよ総司。
「違う。…凜に触れていいのは僕だけってこと」
なんて独占欲が強いんだこいつは。
ってか今日なんか調子に乗ってないか?
衝撃的すぎる捨て台詞を残して総司は身を翻した。
「…凜、総司に好かれてんなあ…」
「…ただの独占欲でしょ…」
「沖田さん、凜ちゃんにべったりだもんね〜」
「笑い事じゃないよ千鶴!」
「東城」
「は、はい!なんですか斎藤くん!」
「何故敬語?いや…何か不便なことがあったら言え。力になる」
「うん、ありがとう!」
斎藤くんは礼儀正しくてやっぱり素敵だ。
ぺこりとお辞儀をすると、斎藤くんは薄く笑った。
―――かぁっこいいぃぃい!!!
「斎藤くん、お役に立てるよう全力で頑張ります!」
「お前はすぐ無茶をするからな…無理はするな」
「する!斎藤くんのためなら!」
「……」
一瞬固まった斎藤くんは、そのあと突然吹き出した。
…斎藤くんが笑った…!!?
普段笑わない、無表情な斎藤くんのありえない光景を見てあたしだけでなく平助たちや周りの部員たちも唖然とする。
「…え、ちょ、…斎藤くん!?あたしなんか変なこと言った!?」
「…、いや…、はあ…、お前らしいと思ってな」
「…そりゃ、あたしはあたしだけど…」
「それは、そうだな…笑ったりして、すまない」
「や、全然…」
「テメェらァア!!!部活始めんぞ!!…東城!早々から怠けてんじゃねえ!!」
「げ…土方先生……怠けてないです!!」
剣道場の入口で怒鳴った胴着姿の土方先生はこっちにずかずかと向かってきた。
言い張ってはみたけど怠けてなかったわけではない…かも。
「東城、初日から無駄口とはいい度胸じゃねえか」
「無駄口じゃないです。初日に部員と親交を深めることのどこが悪いんですか?…それとも、この部はマネージャーが情報を得ることも許されてないんですか」
「お前のはただの無駄口だろうが」
「土方先生、東城は俺が引き止めていました。彼女を責めないでください」
「さ、斎藤くん…!?ち、違います土方先生!斎藤くんはなにもしてなくて、ほんとはあたしが…」
「…もういい、わかった。斎藤が言うならしかたねえ」
斎藤くんのおかげか、土方先生はふて腐れたように折れた。
「凜は一くんが絡むと随分しおらしくなるよなー。普段はツンツンしてんのに」
「あたしはいつでも素直ですー。べつに平助相手でも変わらないよ」
「そうやってすぐに認めないとこが素直じゃねーんだろ?まあそのほうがお前らしいけど」
「……」
斎藤くんといい平助といい、あたしらしいあたしらしいって……なんかあたし自身よりあたしのこと知ってるみたいだ。
土方先生がまたキレるとまずいので平助を練習に行かせ、あたしは千鶴のもとに向かった。
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