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2.序章その2


一時間目が古文だったのは不幸か幸いか。

ガラリと引き戸を開けると出席簿を持った土方先生はギロリと切れ長の瞳をこちらに向けた。


――2年F組担任、薄桜学園教頭兼古典教師、土方歳三先生。ちなみに風紀委員先任、剣道部顧問。

俳優顔負けな美形の顔立ちを歪めて、整った眉をきつく寄せている。


「…遅刻、だな」


低めの美声が残酷な一言を放って、出席簿にボールペンを滑らせた。

……怒ってさえいなければ、かっこいいのになあ…。

くわえ煙草とすらりとした身体を包む黒いスーツ。鬼と呼ばれる裏には、やはり美形故の迫力があるんだろう。


「…違っ、先生!!凜は悪くねーんだ、俺が寝坊したから…」

「理由はどうだろうと遅刻は遅刻だろうが。校則破った奴は問答無用で減点だ」

「そんな理不尽な…っ」

「いいよ、平助。早めに起こしに行かなかったあたしも悪いんだし。それに、土方先生には何言ったって通用しないからね」

「…わかってんじゃねェか」


ニヤリと笑う先生。ムカつくほど様になるその顔。


――不本意ながら、格好いい。


斎藤くんを始め、美形は周りに多いのに、この人相手だとやけに神経が逆立ってしまう。こんなだから子供扱いされちゃうんだ、この人に。

むすっとしながら先生から目を逸らすと、先生は上から目線に余裕の笑みを浮かべる。どんなに大人ぶってもあたしより数段大人な土方先生は、あたしが見栄を張ってわざと冷静にしているのを純紫の瞳で見透かしている。ムカつく。


「総司はどうした。下で会ったんじゃないのか」

「沖田なら多分一時間目はサボりでしょう。斎藤くんに捕まるまでは帰ってきませんよ」


軽く吐き捨てるように言って席につくと、平助が口パクでごめん、と言う。申し訳なさそうに眉を下げる平助が可愛くて、ジュース1本で許してあげることにした。





お昼休み。ガラリと引き戸を開けると、落ち着いた薬品の匂いが鼻を掠める。静かに流れるのはオルゴールの音色。

書類を整えていた短髪の青年が、こちらを振り返った。保健委員長の山崎烝先輩。堅実そうでいて、仲間思いの優しい先輩だ。


「東城くん」

「山崎先輩、こんにちは。当番なので来ました。……あれ、山南先生は…」


山南先生とはこの学園の保健医で、眼鏡に朗らかな笑みを讃えたマッドサイエンティスト。なんだか怪しい薬の研究をしてるらしくて、この間は近藤学園長が被害に遭っていた。

「山南先生なら、出張中だ。だから今日は代わりに…」

「よ、凜」


ひらひらと手を振りつつ奥から現れたのは、


「左之兄!」

「相変わらず元気そうだな、凜」


そう言って左之兄はあたしの頭をくしゃっと撫でた。

左之兄は本来は保健体育の先生。背の高い、大人な雰囲気の彼は土方先生と並ぶほどの美形で、学園内で1、2を争うほど人気だ。

左之兄には小さいころから面倒を見てもらってて、左之兄が高校生のときから家庭教師もしてもらっていた。あたしにとっては家族に近い、よきお兄ちゃんだ。

ちなみに年中ジャージの数学教師、永倉先生とは大学時代の同期。あたしにとっては永倉先生のほうが体育教師、って感じのイメージだ。


「左之兄、聞いてよ、今朝、土方先生が…っ」

「学校では先生、な」

「左之先生」

「ん。またちょっかい出されたのか、あの人に。お前は本当、あの人に好かれてるな」

「好かれ…!?違うよ、絶対あの人あたしの反応見て楽しんでる」

「はは、ま、いいんじゃねえか、少なくとも嫌われてるわけじゃないだろうよ」


そうか?心なしか嫌われてるような気もするのだが……。


左之兄や山南先生も大人だけど、自分より大人な土方先生がムカつく。上から目線な土方先生がムカつく。土方先生に「だけ」異常にムカつく。それを知ってる自分にムカつく。

左之兄は、白衣を羽織りながら腑に落ちないようなあたしの顔を見て笑った。その大人な表情にどきっとする。


「…ったく。あの人もあの人だよなあ。ま、楽しいのはわからなくもないが」

「さ、左之先生まで…!?あ、あたし、そんなに弄りの対象にならなきゃなの?」

「まあな……お前、見てて楽しいからな。な?山崎」


いきなり話を振られた山崎先輩は、一瞬困惑した表情をしていたが、


「…そうですね。東城くんは、特殊だと思います」


そう言って書類に目を戻した。


……特殊……。


なんだか複雑な気分だ。


「山崎先輩…それってあたし褒められてると思っていいんですか」

「褒められてるよ。少なくとも、平凡って言われるよりはいいんじゃないか?」

「ぅぐ」


左之兄はあたしの口にチロルチョコを押し込む。苺の甘酸っぱい味が広がる。


「ま、俺はお前のそんな所が好きだよ」


左之兄はまたあたしの頭を撫でた。くすぐったいのと、恥ずかしいのと、うれしいのとで顔が赤くなる。気づかれないようにぷいと顔を背けた。

――普通、生徒(女)相手にそんなこと言うか!?

流石、女慣れしてるかんじだ。まあ、これだけモテる左之兄なら当たり前か。


「今日はこの通り仕事ねえから、教室戻っていいぞ。昼食ってねえんだろ?」

「え、でも山崎先輩は…」

「山崎も、書類終わったら解放するから。な?」

「……はーい…」


あっさりそう言われてしまうと、何だか寂しい。…もう少し、左之兄と話したかったな…。だけど仕方ない。先生のお仕事はは忙しいんだし、人気者だし…。

悲しい気持ちが顔に出ていたのか、


「…んな悲しそうな顔すんなって。本当は昼一緒にどうか、って言いたいところだけどな。仕事があるし」


そう言って左之兄はチロルチョコと飴をブレザーのポケットに入れてくれた。

忙しいのもあるけど、あたしは左之兄の生徒だし、ましてや恋人でもない。周りの目も厳しいし。
我が儘は言えないよね。


「凜ー、メシ食おうぜ、メシ!」


平助が窓を開けて保健室に身を乗り出していた。手にはコンビニの袋。中にメロンパンを確認。よし、分けてもらおう。


「ほら、平助が呼んでるぞ」


左之兄はまたあたしの頭を優しく撫でてにっこり笑った。





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