20.傷口はよく洗うべし
養護テントは競技が白熱するにつれて忙しさを増していた。
怪我人が増え始め、一人治療を終えて出ていけばまた入れ代わりに一人が来る、という有様だ。
「ただいま戻りました!お任せしてしまってすみません、山崎先輩」
スウェーデンリレーに出ていたらしい東城くんが着替えを済ませて帰ってきた。
「東城くん、戻ってきてくれたのか。助かる。人手が足りないようだ」
「だと思ってました。もうすぐ男子の騎馬戦が終わりますから、もっと忙しくなりますよ」
東城くんはよく働くし、手際がいいのでとても大切な人材だ。来年度の幹部になるべき委員だと思う。
と、テントにみたことのある人物がやって来た。
「…絆創膏、もらえますか」
「あれ、薫…!どうしたの?」
「騎馬戦で上から落ちた」
「膝擦りむいてるね。あ、腕も…。とりあえずここ座って」
「いや、忙しそうだし絆創膏貰えれば自分で…」
「消毒しなきゃだから、いいから座って」
有無を言わせない東城くんの様子に南雲は渋々椅子に座った。
その横でてきぱきと道具を用意する東城くん。南雲は確か雪村くんの兄だったか…。それにしてもよく似ている。
「ちょっとしみるよ」
「ああ」
東城くんが汚れを洗い流した傷口に消毒液を添付していく。
「山崎先輩、絆創膏なくなったので新しいの開けていいですか?」
「ああ。…手際がいいな」
「もう慣れましたから」
にこっと笑った東城くんはとても頼もしく思えた。普段はやんちゃな東城くんだが、こういうときの作業を見ているとやはり女性らしさを感じる。
すると、椅子に座った南雲が俺を睨み上げてきた。
「あんた、誰?」
「俺は…」
「委員長の山崎烝先輩。あたしの大先輩だよ」
「ふーん…」
相変わらず鋭い目つきでじろじろと俺を見る南雲。
あまりいい気はしない。
「…あんた、俺の凜に色目使ったりしたら死んだほうがマシな目にあうと思えよ」
「は…?」
「ちょっと、いつあたしが薫のものになったのよ。気にしないでください、山崎先輩。薫は誰かにつっかかるのが得意なんです」
苦笑して笑いとばす東城くんだが、南雲の鋭い視線は相変わらずで。それが本気だということがわかった。
東城くんが魅力的なのは前から感じていたし、人気があるということも知っていた。だからそっちに対してはあまり驚かなかったが、身近な人物にここまで熱烈な好意を向けられても気づいていない宮崎くんに俺は驚いた。
南雲薫に限ることではないが。
「俺は凜の保護者だ。千鶴の親友の面倒をみるのくらい普通だろ?」
「相変わらず超シスコン…まあ千鶴が大事なのは分かるけど」
どうやら南雲薫が東城くんに向ける好意は友達としてのものらしい。これ以上東城くんの愛者が増えると彼女も大変だろうと思うので、よいことだと思う。人に好かれるのは決して悪いことではないが。
「凜ちゃん、薫は…!?」
「千鶴!薫なら今手当を…」
ジャージ姿の雪村くんがポニーテールを揺らして入ってきた。
息を切らしているところを見ると、走ってきたらしい。
「俺なら無事だよ、千鶴」
「よ、よかった…!薫が怪我したって聞いて、私心配で…!」
「ありがとな、千鶴」
隔たりなく寄り添う二人を見ると、やはりこの二人は兄妹なのだとあらためて思う。
「千鶴ー、薫は強い子だから頭蓋骨砕けても死なないよ」
「いや、それはない。俺は宇宙人か」
東城くんらしいブラックジョーク。
そんなことをしている間に南雲の傷口はすべてに絆創膏が貼られた。
「千鶴、このあとダンスでしょ?」
「うん。これから着替えに行くの」
「がんばってねー。あたしは千鶴のセクシーな衣装姿をカメラ越しにばっちり拝んどくから!」
ぐっと親指を突き立てる東城くん。
「凜は踊らないのか?」
「うん。黄団の衣装なんて着れないし。毎年激しいでしょ?みんなの眼球が潰れないようにね」
「ふーん…」
「薫も千鶴と踊ってきたら?薫ならバレないよ」
「断る。俺に女装させるつもりか。それに俺、緑団だし」
「東城さん」
外から声がして、突然救護テントに現れたのは、
「…えっと……黄団の女団長さん…?」
雪村くんが疑問を浮かべる中、東城くんは雪村くんと同じような顔をしながら進みでる。
「あの、あたしになにか…?」
「仕事中に悪いんだけど、東城さんにちょっと一緒に来て欲しいの」
にこっと笑った女団長に、俺達四人は揃って首を傾げた。
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