18.体調は万全で
良く晴れた青空の広がる朝、天気予報を見ながら、今日は暑くなるのかと考えていたら、玄関のチャイムが鳴った。聞き慣れた響きを持って鳴ったそれ。
こんな朝早く、一人暮らしの俺の部屋のチャイムを鳴らすのは一人しかいない。
ガチャリとドアを開けると、やっぱり見慣れた制服姿が立っていた。
「おはよ、左之兄!運動会日和だねー!」
「ああ、おはよう、凜。早いな」
凜をとりあえず部屋に上げる。本来は俺の生徒だが、相手はずっと昔から同じマンションに住んでいる凜だ、そんなことお構い無しだ。
「お弁当、作ってきたよ。今日はちょっと気合い入れたからね」
「悪いな、こんな朝早くから」
「ううん、あたしも保健委員だから集合早いし。左之兄も大変だねー、先生」
「仕事だしな」
「仕事、かあ。なんか難しいね。でも、あたし左之兄の真面目なとこ好きだよ」
凜は無邪気に笑いながら弁当箱を俺の鞄に入れる。
この素直さを計算でやらないあたり、ある意味凜は小悪魔だ。
無自覚なもんだから余計にたちが悪い。
「あ、左之兄、頼まれてたサングラス買ってきたよ」
「悪いな、助かる」
「それでよかった?いちおう左乃兄に似合うようなの選んだはずなんだけど」
「ああ、理想通りだ。よく男物のサングラスなんかちゃんと選べたな」
「へへん、あたしも大人になったんですー。……って言いたいところだけど、じつは平助に手伝ってもらったんだ」
「平助?お前、平助と出かけたのか!?」
思わず声を荒げてしまった俺に、凜は若干驚きながら、
「う、うん。駅前で平助と買い物して…その時に…」
俺の気も知らずに頷いた。
冷静に考えれば、外出なんて凜の自由だし、高校生なのだから友達と遊びに行くなんて普通のことなのだろうが、俺は大事な凜が友達は友達でも男と出かけることが許せなかった。
だって、俺以外の男と間違ったことになってみろ、…耐え切れない。
「凜、今度から男と出かける時は俺に言ってからにしろ」
「…は?なんでいちいち左之兄に言わなきゃなんないの」
「言うだけじゃ駄目だ、俺の許可が下りなきゃな」
「許可って…左之兄はあたしの親か!」
「それでも《兄》だろ?」
我ながら独占欲が強い発言だと思う。
総司に負けず劣らずだ。
凜はしばらく不機嫌そうに口を尖らせていたが、
「やーだ。めんどくさいもん」
悪戯っぽく笑った。
「あのなあ、俺はお前を心配して…」
「なにを心配してるの。みんな友達だよ。あたしも皆も左之兄の生徒だよ?そんな心配しなくていいでしょ」
凜は明るく笑って茶化した。
「…わかってねえなあ…。ま、凜らしいけどな」
俺は少し呆れてため息をついた後、いつものように凜の頭を撫でた。
椅子と荷物を持って校庭に下りると、指定の応援席には既に千鶴がいた。
「おはよー!千鶴、平助」
「おはよ。凜は朝から元気だなー」
「だって楽しみにしてたんだもん、運動会。元気にもなるよ」
「おはよう凜ちゃん。いい天気になって良かったね」
「ほんとだねー。日焼け対策しっかりしなきゃね」
「保健委員のお仕事だったんでしょ?お疲れ様」
「ありがとう。テントに物運ぶだけだったんだけどねー。当番中はあたし救護テントにいるからなにかあったらすぐ来てね、ばっちり対応しちゃうから!」
椅子を千鶴の椅子の隣に置いて辺りを見渡す。もうほとんどの生徒が応援席に集まってきていて賑やかだ。
「あれ、そういえば総司と斎藤くんは?」
「一くんは風紀の仕事で本部に。総司は…」
《全学年の生徒は行進を始めるのでテニスコートに集合してください》
「あ、行こうぜ、凜」
ぐいとあたしの腕を掴んだ平助。
「え、でも総司は…」
「大丈夫、行けばわかるよ、凜ちゃん」
千鶴にまで背中を押されて、あたしは疑問を浮かべながらテニスコートに向かった。
総司の行方。それは開会式にて明らかとなった。長ったらしい校長の挨拶やラジオ体操が終わったあとだ。選手宣誓である。
『生徒代表、今年度黄団応援団長、沖田総司』
「はい」
学ラン姿の総司が、朝礼台の前に立ったのだ。
「…総司!!?」
思わず声を上げると、総司と一瞬目が合った。総司は少し笑ったように見えた。
驚く間もなく総司は声を張り上げて、
「宣誓!我々薄桜学園生徒一同は正々堂々と最後まで闘い抜くことを誓います!」
よく通る声が青空に響いた。
普段のやる気のなさが微塵も感じられない勇姿。学ランの後ろ姿がやけに男らしく見えて、不覚にもどきっとしてしまった。
「…総司って、応援団長だったの…!」
「沖田さん、堂々としてるね」
「ってか千鶴!平助も!なんで教えてくれなかったの…!?」
「総司に口止めされてたんだよ、俺達。凜には絶対に言うなって」
「なんで…!」
「沖田さん、凜ちゃんに知られるのが恥ずかしかったんじゃないのかな?」
「……モテたかっただけじゃないの」
エール交換で堂々とした姿を見せ付けた総司は、女の子たちにきゃーきゃー言われる度に爽やかな笑顔を振り撒いていた。
「気づけー乙女たち!あの笑みはレプリカだぞー!」
「凜ちゃん…!沖田さんが怒るよ…!」
総司が纏った学ランと白い手袋がやけにまばゆくて、あたしはむず痒い思いをした。
「格好良かった?凜」
学ラン姿のままの総司が、開会式が終わった途端あたしのところに来て放った第一声がこれだった。
「……総司もやればできるんじゃん…」
「まあね。素直に格好良いって言えばいいのに」
「…っ!だれが格好良いなんて…思うわけないでしょ!」
「はいはい」
「あたし保健委員の仕事あるから!」
はにやにやと憎たらしい笑みを浮かべる総司に気づかないふりをして、あたしは駆け出す。
だが、もう一度立ち止まって、振り向く。
「……ちょっと、ちょっとだけ、格好良かったよ!」
投げつけるように言って、固まった総司を放置して、今度は振り向かずに走った。
「……反則…だよね」
総司が真っ赤な顔で、学ランが汚れるのも気にせず座り込んだことを、あたしは知らない。
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