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10.紅茶はやっぱりミルクで


「千景ェエ!!」


バタンドタンとやかましい音がしたと思ったら制服姿の女が怒鳴り散らしてきた。


「なんだ。ノックもできんのか、貴様は」

「あんた土方先生と組んで何やらかしたのよ!!」


ソファーに座っていた俺の前、アンティークのソファーテーブルにバンと手をつくのは俺の元中、東城凜。


「相変わらず騒がしい女め。もう少し慎ましくできんのか。貴様が触るとテーブルが壊れる」

「あたしどんだけ馬鹿力!?そんなことよりあんた、何土方先生と手ぇ組んでんの!?」

「土方?俺は奴と手を組んだ覚えなどはない」

「しらばっくれてんじゃないよ!書類捏造したのあんたでしょ!」


書類……剣道部のマネージャーとやらの件か。


「あれは俺が自らしたこと。俺が教師ごときと手を組んだりなどするものか」

「やっぱやったのあんたか!」

「フン。あんな紙切れ一枚、俺様にかかれば造作もない」

「どんだけ残念な子なの、千景……」


凜ははあ、と大きく息を吐いた。


俺が言うのもなんだが、この女、なかなかに見てくれだけはいい。黙ってさえいれば。


「貴様のほうが十分に残念だ。女らしく慎ましくしろといつも言っているだろうが」

「は?十分女らしいでしょ」

「お前は女扱いするのが面倒になるような奴なのに見てくれがそれだから腹が立つ」

「残念。可愛さは千鶴に求めてるからね」


ふふんと得意げに笑う凜。

それは様になっているのだが、やっぱり残念な感じが拭えない。


「……言うだけ無駄か」

「ちょっと、それどういう意味!?」

「凜、茶を煎れろ」

「あんたは王様か!?自分で煎れなさいよ!なんであたしが…」

「俺様の占領下にノックもなしに足を入れたのだ、当然だろう」

「マジで王様か!!」








「―――で、なんでんなことしたの」


ソファーに踏ん反り返っている千景の前にティーカップを置いて問いただすと、千景はニヤリと笑った。


「決まっているだろう。退屈だったからだ」


千景はあたしが煎れた紅茶に口をつける。

千景が経費で買ったのか家から持ってきたのかは知らないが、高級茶葉で煎れた紅茶の香りが生徒会室にふわりと漂う。


「…はあ!?ってことは何、あたしはあんたの気まぐれでマネージャーにさせられたわけ!?」

「あの教師が書けと言ってきた。凜の嫌がる顔が見れると珍しく意見が合っただけだ」

「結局組んでんじゃん!」


こいつが変な書類を書いたせいで、あたしは剣道部員になった。これでは器具が治っても体操部に戻れない。


「書類書き直しなさいよ!あたしは体操部員だから…」

「俺の処置が不満か?貴様は剣道部員で小賢しい奴らとつるむがいい」

「なんで!」

「見ていて愉快だ」

「……横暴すぎでしょ。まあ千景らしいけど」


その横暴な千景は長い脚を持て余したように傲慢な動作で組んだ。


「とにかく、器具が治ったら書類書き直してよね」

「嫌だと言ったら?」

「斬る」

「ふん……貴様はおとなしく奴らに奉仕していろ」

「奉仕って……じゃあ千景が剣道部入ればいいじゃん。中学時代剣道部だったでしょ」

「誰があのような下劣な奴らと好き好んでつるむものか」

「相変わらず超俺様…。てか、それってあたしのことも下劣扱いしてない?」

「当然だ」

「マジムカつくわコイツ」


どうであれ、千景の俺様な性格は前からなので今さら本気で怒る気にもなれない。
中学で会ったばかりのころは、しょっちゅう喧嘩もしたが。

棚を漁っていると高級そうなクッキーの缶を発見。


「千景ーこれ食べていい?」

「持ってこい馬鹿女」

「馬鹿は余計ですー。あ、これTAKANOのピーチジャムじゃん。あたしこれ好き。これも持ってっていい?」

「早くしろ」


ソファーに踏ん反り返ったまま上から目線の千景。素直に一緒に食べようって言えばいいのに。


部屋に陣取る皮張りのソファー、千景の隣に腰掛けると、体が少し沈む感じがした。さすが高級家具。

千景が権力を乱用して奪った、校舎で1番見晴らしがいい教室。ソーダを流し込んだような青空に羊雲がまばらに浮いているのが見えた。







凜は俺の隣で紅茶にジャムを沈めてゆっくりと掻き混ぜた。甘い香りが強くなる。
俺は黙ってそれを眺めた。

女というものはどうしてこうも甘いものを好むのか。俺は凜が煎れた何も入っていない紅茶を一口含む。


「そういえば千景、紅茶にジャム入れないよね?なんでここにジャムあるの?」


凜は桃のジャムが入った紅茶をこくりと飲んで言った。


「それはこれを――」


言いかけて慌てて口をつむぐ。



凜が好きだと言っていたから、



なんて。口が滑っても言えない。


「あ、天霧が買ってきたからだ」

「へえ。天霧さん甘いもの好きなんだ。…ふふ、なんか似合うね。あ、でもこのクッキーは千景が持ってきたでしょ。前にもあったし」


凜はクッキーを手に取って無邪気に笑う。俺は昔から、この女の無邪気さを見ると何故かむず痒さを感じる。

嬉しそうにクッキーをかじる凜はまだまだ幼い。最近少しは色気づいたと思っていたが。


「あまり食べると太るぞ」

「し、失礼な!デリカシーのない奴!そんなんだから千鶴に相手にされないんだよ」

「奴はツンデレだ。恥ずかしがっているだけだろう」

「いや、思いっきり嫌がってるけどね、千鶴。女の子は繊細なんだからー、ストーカーなんて以っての外!」


凜はくるりとティースプーンを振った。


「ストーカーなど下劣な。あの女は俺の嫁となる身。将来の嫁の動向を監察するのは当たり前だろう」

「そういうのをストーカーって言うの。嫁以前にしなきゃいけないことがいっぱいあるでしょ?ただでさえ千鶴は乙女なんだから、もっと大事に接しなきゃ!今の千景は食らいつきすぎなんだよ」

「……」

「千鶴が好きならもっと素直に、優しくしなきゃ駄目だからねー」


楽しそうに言う凜を、俺は複雑な気持ちで見た。


仕方がない。今まで俺にとって女といえば凜で、凜と接するのが俺にとって1番自然な女とのやり取りだった。

もちろん、俺の顔や家柄目当てで群がってくる女共など最初から視界にない。

凜相手になら、女であろうと余計な気など回さなくてすんだ。口が悪いのは男と大差なく、いつも強気で俺に喧嘩を売ってきていた。決して俺から売ってなどいない。


俺はわざとらしく溜息を吐いた。


「お前がもっと慎ましい女だったら雪村千鶴ぐらい軽く落とせただろうに。今はあの程度の女が手強い」

「あ?なんであたしのせいになるのよ」

「俺にとって女といえばお前だ。お前を相手にしすぎたせいで、俺はお前相手にしか自分を表現する術を知らない」


凜は黙ったままクッキーをかじっていたが、やがて顔を上げていつもの強気な笑みを浮かべた。


「上等じゃん。千景はあたしにだけその最低な性格さらしときゃいいよ」


もう何度見たかわからない、見慣れた喧嘩腰。


本当は、とっくの昔に気づいていた。

手強いのは雪村千鶴ではない。

目の前の、俺の全部を暴いていく、誰よりも強気な女。



「なんだ、貴様も俺の嫁になりたいのか。してやらんこともないが」

「なんでそうなるの!冗談でしょ。誰が千景みたいな性悪の嫁になんかなるのよ」


俺の言葉を明るく笑い飛ばす凜。


凜、お前が一番手強い。なぜお前は昔から、俺をこんなにも揺さぶる?



口をつけた紅茶は、ジャムを入れたわけでもないのにやけに甘酸っぱい味がした。





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