9.モテる奴は雰囲気から違う
昼休みの職員室、新八のイスに居座った凜に俺は向き合って、たわいのない話をしていた。
「それはそうと凜、お前運動会は何に出るんだ?援団は?」
「あー、もうすぐだもんね。援団はやらないよ」
「え、じゃあお前、今年は踊らないのか?」
「うん。去年酷い目に遭ったし。お腹なんて出せない、恥ずかしい!」
「そうか、お前去年も黄団だもんな」
団ごとの有志で結成する応援団は、この学園の運動会の見物の一つだ。特に援団の女子のダンスは花形で、何ヶ月も前から練習するためクオリティも高い。
中でも、E、F組で結成される黄団は、毎年ダンスでの女子の衣装の露出度が他の団より桁違いに高く、注目の的なのだ。
学園一とも言われるスタイルで美人の凜が踊らないとなると、学園の男子はさぞかし落ち込むことだろう。
「凜ちゃんを黄団にしてくれェエエ!!!」と学園長の近藤さんに土下座していた男性教師群(筆頭・新八)も浮かばれないな…。ご愁傷様。
俺としては、小さいころから大事な凜がこんなに成長して、ちょっと複雑な気分だ。
「そうか、残念だな。ちょっと期待してたんだが」
「あたしなんかに期待してどうすんの。大丈夫、今年はあたし千鶴撮影係になるから。それに、保健委員の仕事もあるし」
「何が大丈夫なのか全くわからないが…。剣道部の仕事は?運動部なら、なんか回ってきてるんだろ?」
「いや、まだ何も。去年何してたっけ、剣道部」
「去年は……ドリンク配ってたな」
「ああ、そうだったね。なんか、『剣道部員が笑顔で配るスポーツドリンク』って話題だったような…」
「『笑顔で』が義務だったからな。なんせ簡単な仕事だし」
「イケメン多いからねえ、うちの剣道部は」
ほう、とため息をついて苦笑した凜。
「なんだ、まんざらでもなさそうじゃねーか」
「いや、イケメン多いけど性格問題だよな、って思ってただけ」
「総司か?」
「…うん。あいつのこと好きな女の子の中で、本性知ってても好きな人ってどれくらいいるのかなって」
「モテるからな、総司は。なんせあの顔だし」
「顔だけだよ、顔だけ。他クラスの子ばっかりだよ、総司に告白するの」
「まあ、外面はいいからな、あいつ」
凜はうんうんと頷いた。
彼女は知らないだろうが、外面は外面でも、凜が絡むと総司は容赦ない。告白時、凜の名を出されようものなら、『その名をその口から出すな』とけなす始末だ。
「でも総司、あんなにモテるのに彼女作らないんだよね。中学まで男子校だったらしいから、高校共学入って作り放題だろうに……なんでだろう?」
総司は中学まで、斎藤と同じ男子校にいた。斎藤も斎藤で、高校になってからモテまくっているようだ。
告白を断わる時、総司がいつも使う台詞がある。校内で結構有名な話だ。なにせ総司は告白される回数が多い。
それは凜絡みの台詞なのだが、彼女はそんなこと全く知らない。
「ま、総司にもいろいろあんだろ。もしかしたら、好きな子がいるのかもしれねえぞ」
「は!?あの総司が!?ないない、絶対ない!総司が一人の女の子に……ムリムリありえない!!」
けらけら笑う凜。それを見て、俺は総司に哀れみを感じる。総司だけに留まらず、皆結構頑張って彼女にアピールしているように見えるのだが…。
凜は色恋については鈍感だ。いや、他人のことには変に鋭いのだが、自分に関しては…可哀相なくらい鈍感なのだ。
俺としては、そっちのほうがありがたい。いろんな意味で。しかし、
「ここまでスルーだと可哀相だな……」
「へ?誰が?」
「いや、あいつらが」
「…あいつらって、総司?なんで?」
きょとんと首を傾げる凜の頭をぽんぽんと撫でて、お前は知らなくていいんだ、と言うと凜は頬を染めて拗ねたようにそっぽを向いた。
「…左之先生に子供扱いされるのやだ」
「…はは、お前は生徒だからなあ」
「でも、左之先生は昔からあたしのこと妹扱いしかしてくれないでしょ」
「いや?妹以前に、ひとりの大事な女の子として見てる」
「結局『女の子』じゃん」
あはは、と笑う凜。
さっきの言葉は、半分嘘。
大事な妹、というのは正しいが、最近は『女』に見えてしかたない。
彼女は、知らない。俺が、彼女の小さいころから、彼女を『大切』に思っていることを。
「ま、お前もすぐに大人になれるさ」
本当は、なってほしくない。
小さいころから、大切だった凜。
無邪気で強気、所々子供っぽいのは変わっていないが、長い付き合いの中で、時が経つにつれて彼女は大人になっていた。
昔から可愛かった凜だが、歳を重ねるごとになんというか……色気も感じられるようになっていた。
高校に入って…特に最近では、魅力が増したのか総司や斎藤にひけをとらないほど爆発的にモテているようだ。当の本人は全く気づいていないようだが。
教師をしながら凜専属の家庭教師をしていたのをいいことに、変な虫がつきはじめる前に俺の赴任する薄桜学園に入れたというのに……勢いは止まらない。
というか、彼女を入れたことで彼女といる時間が増えて、俺のほうがやばい。
「そうだね、早く大人になりたいなあ!そしたら、左之先生みたいな素敵な男の人とお付き合いするんだ」
『……左之兄、あたしね、早く大人になって―――』
彼女が小さいころ、小さな唇が紡いだ言葉を思い出す。
俺じゃ、駄目なのか?凜……
だが、長年付き添った『お兄ちゃん』の壁は高い。
「俺みたいな、か?」
「うん。左之先生みたいな人なら安心だもん」
「そうとも限らないぞ?男は皆狼だからな」
「左之先生も?ま、左之先生は歩く18禁だからね」
「こら、女の子が18禁なんて言葉使うな。変なオッサンに絡まれるぞ」
「変なオッサンってなにそれ!狼?」
楽しそうに笑う凜だが、俺にとっては他人事ではない。
1番の狼は、凜の言うとおり俺なのだ。
昔からずっと、近くから、気づかれないように、凜を狙っている。
純粋な想いももちろんあるが。
「ライバルに、負けないようにしないとな」
「?うん。早く大人になるよ」
はにかんだ凜の頭を、もう一度撫でる。
俺のライバルは増えてきている。総司を始め、同じ教師の土方さんまで。
『……左之兄、あたしね、早く大人になって、左之兄のお嫁さんになる!』
彼女が小さいころに言った言葉を、彼女は覚えていないだろう。だけど、俺はちゃんと覚えてるよ。
「はは、変な男に引っかかんなよ、凜」
「大丈夫だよ、そこまで馬鹿じゃないし」
昼休み終了のチャイムが鳴る。
笑いながら手を振って、職員室から出る凜を、俺は手を振り返して見送った。
薄桜学園に凜が入って、格段に増えた俺のライバル。中学の時は風間や不知火程度で、注意していれば済む程度だった。風間も風間で、中学時代は凜に虫がつかないよう手回ししていたようで、好都合だった。
だが、今は俺の目の届かないところで凜に視線があてられている。筆頭は、剣道部の奴らだ。OBである俺だが、許すわけにはいかない。
凜を1番大切に想ってるのは、俺だ。
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