伍 試合 それは、斎藤が朝食を私の部屋に持ってきたときだった。 「今日は土方も一緒か。珍しいな」 初日以来見ることのなかった土方が斎藤についてきていた。 「靂、いい加減『副長』と呼べ」 「靂くんが『副長』とか似合わないよ。僕はそのままでいいと思うな」 ちょうど通り掛かったのか、つけてきたのか茶髪の男が入ってくる。 「沖田も一緒か。俺に何かあるのか?」 「宮崎、てめえの処遇を決める。半刻後に道場に来い」 「あー、試合か。…って半刻?むちゃくちゃでしょ」 これを食べて準備して…半刻なんて無理だ。この鬼!……あ、鬼は私だった。 「副長、せめて一刻待ってやっては」 「あ?………ああ、斎藤が言うなら」 斎藤さすが! 目を輝かせた私を見て、沖田がおもしろくないといった表情をする。 「ありがとう、斎藤」 「…いや。さっさと食べろ」 「うーい。いただきます」 「ねえ、靂くん」 「ん?」 「一くんと随分仲がいいんだね」 「まあ、斎藤にはいろいろ世話になってるし。仲良く見えるのか?」 「いや、一くんが会ってそんなに経たない人を名前で呼ぶなんてなかなかないからね」 「そうなのか?」 斎藤を伺うと彼は目線を漂わせて黙っている。 「良かったな、斎藤。仲良しに見えるって」 「な、仲良し…か?」 「あれ、嬉しくない?俺は嬉しいけど」 にこりと笑うと、斎藤は顔を赤くした。 うわ、可愛い。 もしかして照れてるのか。 「………悪くは、ない」 赤い顔のまま、ぼそぼそと斎藤は言った。 「…珍しいな。斎藤がこんなに漬け込むなんざ」 「土方さん、もしかしたら靂くん、凄い子かもしれないですよ。一くんに何か盛ったとか」 「俺は何もしてねえよ。監視されてんのにんなことできるか」 「まあ、やってたらこの場で殺すけど」 「だろうな。まあ殺されないけど」 「へえ。僕に勝てると思ってるの」 「それをこれから見るんだろ」 私は素知らぬ顔でそう言って、煮浸しに箸を伸ばす。 「あ、これ斎藤だろ、作ったの」 「そうだが…味付けが濃かったか?」 「いや、美味しい」 「……そうか」 嬉しかったのか、斎藤が頬を染める。 沖田がまた変な顔をしたのが見えたが、気にせず食事を続けた。 「あ、靂兄様!」 廊下で俺に気づいて駆け寄ってきた千鶴。 「おはよう、千鶴」 「おはようございます!お掃除がてら部屋から出してもらえました。兄様はこれからどちらに?」 「ちょっと道場に。千鶴も来るか?」 「え、でも…」 「大丈夫、怒られたら俺が庇うから。な?」 千鶴は、可愛らしく首を傾けて少し考えた後、 「それじゃあ…ご一緒しますっ」 頷いてくれたので、私はにっこり笑って千鶴の手をひいた。 そんなこんなで道場についた私と千鶴。そういえばここに来たのは初めてだ。 今まで与えられた部屋に閉じこもっていた私は、一般の隊士達を見るのも初めて。 ちらちらと向けられる視線が痛い。 まあ、無理もない。幹部と同じ前川邸に、個人の部屋を与えられているのだ。 監視されてるなんて彼らは知らないから、少なからず不満を買っているだろう。 刀は取り上げられていたので、とりあえず軽く体をほぐしておく。 やがて、幹部の人達がぞろぞろ現れた。幹部皆が揃ってやってきたものだから、隊士達はざわつきはじめる。 幹部達の見据える先は、私。 そのせいで、周りからの好奇の視線は絶えない。 千鶴も、驚いたのか視線をきょろきょろ漂わせた。 「あの、靂兄様…此処で何を?」 「ああ。……お遊び」 「お遊び…?」 「これより、宮崎靂の実力査定を行う!」 近藤局長の声が威厳を持って響いた。 「はい、よろしくお願いします」 「…靂兄様、もしかして試合を…!?」 驚く千鶴を横目に、私は斎藤から木刀を受け取る。 「木刀、か…」 「ああ。今回は、一対一の試合形式、両者木刀で打ち合ってもらう。くれぐれも、手加減なしで頼むよ」 「了解です。コレ壊しても、弁償はしませんからね」 「そう簡単には折れまいよ。存分に、戦ってくれたまえ」 「ちょ、ちょっと待ってください…!いきなり試合なんて……!それに、靂兄様は…!」 抗議の声を出した千鶴に、顔が綻ぶ。 私が女だということ、そしてこの後の結末を心配しているのだろう。 気の利くいい妹だ。 「大丈夫、千鶴」 いろんな意味を込めて頭を撫でると、千鶴は素直に口をつぐんだ。 「俺と総司、斎藤は剣筋を読まれちまってるから、今回は原田と対戦してもらう」 「いいのか?左之は槍が主流だろ」 「なんだ?俺の刀裁きじゃ不満ってか?舐めてもらっちゃ困るぜ」 「べつに舐めてるつもりはない。よろしくお願いします」 左之に留まらず、新選組の幹部達が並外れに強いということは知っている。 だが、私だって黙ってやられるつもりはないし、簡単には死ねない身体だ。 「――では、始め!」 道場に緊張感が流れ、たくさんの視線が一気に私と左之に集中した。 右手だけで木刀を持ち、構えもせずにじっとしていた私を見兼ねて、左之が先に打ちかかってきた。 「悪いな。さっさと終わらせちまおうぜ」 私だって、さっさと終わらせたいのは同じ。ただ、私は無駄に体力を消耗するのも嫌い。先にかかってきてくれれば好都合だ。 左之が繰り出してきた剣を、ふっと身を屈めて避けた。 「「「――なっ…!?」」」 打ち合うことを予測していた左之を含めた周りの奴らは、驚いて息を飲む。 左之はさすがの運動神経で素早く空振りした木刀を構え直そうとしたが、私のほうが速かった。 避けた低い体制のまま、木刀を左之の木刀に打ち込む。 バキィッ!!!! 木刀ごと左之の胸辺りに突きを入れる。 胸の前で構えかけていた左之の木刀は真っ二つに折れ、先端部は弾け飛ぶ。 左之の身体は胸を突かれたその勢いのまま吹き飛ばされ、道場の床に叩きつけられた。 ――シン… 流れるような一瞬の出来事に、静まり返った道場。誰もが顔を青くしてこの光景を見ていた。 「俺もさっさと終わらせたかった。協力感謝する」 床に倒れた左之に礼をする。 「…しょ、勝者……宮崎靂!」 恐ろしいほど静まり返っていた道場が、空前と沸き立った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |