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恋慕
ある寒い冬の日……これは、とある新入り隊士の短い恋の物語。





「お前は零番組に配属だ。組長は宮崎。部屋にいるだろうから顔を合わせてこい」
「はい!では、失礼します」


京で名を馳せだした新選組。オレはそこの入隊募集に応募し、無事に入隊できることになった。

新選組の副長らしい土方という男の人は、厳しそうで鋭い眼孔のわりにていねいに零番組組長の部屋の場所を教えてくれた。


宮崎…靂、組長。


零番組は比較的新しい、だけどとても団結の強い新鋭だと聞いた。その組の組長を任されているなんて、いったいどれほど厳しくて怖い人なんだろう。
やる気はあって入隊したつもりだけど、あんまりひどい人だったら…と少々不安になりながら板張りの冷たい廊下を歩いた。


「ここ、か…」


真っ白い障子でふさがれた質素な部屋の前に立って、ふぅと深呼吸する。手を襖にかけたとき――話し声がふたつあるのに気づいて、ぴたりと躊躇してしまった。

悪いと思っていながら、ほんのわずかに開いた隙間から、中の様子をそっと窺う。


部屋の外観にふさわしい、質素な部屋の畳に座って、二人の人物が談笑していた。

一人は深い青の髪に、真っ黒な着物を纏った男の人。首には白い襟巻きを巻いていた。
凜と伸びた背筋に、小柄ながらも雄大な雰囲気。
普段は鋭いであろう、切れ長の瞳がやわらかく向けられた先には……もう一人の人物。

長く潤いのある黒髪をゆるくひとつに結った、中性的な雰囲気の――…女性…?

白い肌に、鮮やかな唇。
一瞬男性かと思ったけど、問い面にいる男性と楽しそうに会話するその空気は女性的なやわらかさにあふれていたので、オレはその人が女性だと判断した。


きっと、時折表情を静かに緩める男性が俺の組長、宮崎靂組長なのだろう。
そしてその前にいる女の人は……このあたたかい感じからして…雰囲気からして――


宮崎組長の、恋人?


「っ!」


目が、合った。

思わず息を詰めたオレを知ってか知らずか、その女の人は色素の薄い透明な瞳をほそめて、ゆるやかに微笑んだように見えて――オレは一目散に部屋の前から駆け出した。


走れるだけ走って、息を整える。荒く息を吐く度に、入れ換わりに冷たい空気が入ってきて肺が痛い。


「……あー……なにやってんだ、オレ」


息とともに、ため息ごと言葉を漏らした。


これから仕えるであろう組長の、恋人とのの会瀬を覗き見してしまったこと。

挨拶できずに逃げてきてしまったこと。

そしてなにより……あの女の人に、心を動かされてしまったこと。


談笑しているときのやわらかな表情。
清楚で心なしか高貴な雰囲気。
流れる黒髪、白い肌。
三日月型に微笑む赤い唇。
しっかりと捕らえられた、真っ直ぐな瞳。

ぜんぶが頭に焼き付いてはなれない。

あろうことか、上司の恋人にあらぬ感情を起こしてしまうなんて。


自己嫌悪。
でも、久しぶりに胸のなかが温かく高ぶるのを感じた。


「……綺麗な人、だったな」


ほぅと再び吐き出された息は、白く染まって消えた。









次の日、オレにとっての初稽古が始まろうとしていた。
新隊士がたくさん入ったということで、初日は他の組と合同稽古らしい。

昨日の今日で、宮崎組長に会うのは一方的に気まずいけれど、恋人との会瀬を覗き見してました――なんて謝るわけにも行かず。

昨日し損ねた挨拶をせめてきちんとしようと、オレは白い襟巻きを巻いたその姿に近づいた。


「あの、」
「…なにか用か」
「オレ、今日から――」
「斎藤!」


よく通る声がオレの言葉を遮った。
その声の主を目にして、オレは息を止める。

潤いを散らす黒髪。
ほんのりといい香りがする。


昨日の、女の人がそこにいた。


「どうした、宮崎」


オレの横の組長が、そう返した。

宮崎。


「……え?…宮崎?」


声にならないような小さい声が、オレの口からこぼれた。

ちょっと待て。
オレの横にいるこの男の人が、宮崎組長じゃないのか。というか、なんで恋人のはずのこの人が稽古の場に。


唖然とするオレをお構い無しに、宮崎と呼ばれた例の女の人が歩み寄ってくる。


「零番組の新入りが一人足りないんだが…見てないか?」
「もしかして、この者ではないか」
「ん?あれ……もしかして、昨日の」
「!」


やっぱり、この人は昨日のあの人だ。
そして昨日オレが覗いてたのを知っている。目があったのも、きっと。

頬ががあっと熱くなる。
また会えるなんて、思ってなかった。

でも待て。この人はどう見ても女性。新選組の組長として幹部にいるとは思えない。現に、こんなに細くて綺麗な――…。


まさか、ほんとは男性?


まさか。まさか。こんなに美人なのに。


「君が新入りか。せっかく部屋まで来てくれていたのに、昨日は悪いことをしたな」
「い、いえ…」
「あのとき直ぐに招き入れればよかったんだけど…」


すっと、白い右手が差し出された。

昨日と同じ、色素の薄い瞳がまっすぐオレを見つめる。だけどその表情は、昨日より引き締まっていて凜とつよい。


「零番組組長、宮崎靂だ。よろしく」
「…え、あ!よ、よろしくおねがいします…?」


戸惑いながらにぎった右手は驚くほどやわらかくて細くて、でも掌にはしっかりと固いまめがいくつもあった。


「なんだか腑に落ちない顔だな」
「え…」
「疑問があるなら今答えるけど。言いたいことがあるなら言えばいい。稽古が始まってからじゃ不都合だろ?」


零番組組長って本当ですか。
あなたを女性だと思ってました。
というか、女性じゃないんですか。
そこの男性の恋人だと思ってました。
また会えてうれしいです。

それから、それから、


あなたを、好きになってしまいました。



どれもこれも、言えるわけがない!


「……いえ、大丈夫です」
「ほんとにか?まあ、なにかあったらいつでも言うといい。俺にできることなら力になるから」
「…はい」


薄く微笑んだ宮崎組長は頼もしくて、この人が幹部だということに納得がいくほどだった。



宮崎組長は強かった。
ありえないほど。
まるで芸術のような剣術。
そしてだれよりも努力家で、頼もしくて、優しかった。


剣を振る宮崎組長を見て、この人が女性なんてありえないと痛感することになった。
たとえ、女性のように綺麗だとしても。

オレって不運だよなあ、とつくづく思いながらも、恋こそ終わったものの憧れはより強くなる一方だった。



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