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肆拾肆 背徳


「急に集まってもらってごめん」


広間に集まった幹部勢と雪村。
その召集をかけたのは、宮崎だった。


「さっそくだけど、本題に入らせてもらう。……斎藤についてだ」


皆が皆、それぞれの反応を示した。
その殆どが驚きと一抹のいぶかし。

宮崎の瞳は静かに俺たちに向けられ、珍しく少し伏せられていた。
色素の薄い瞳は、どこか背徳的な光を宿していて、俺は珍しいと自然に思わざるをえなかった。


『皆に話したいことがある』


副長室で俺にそう告げた宮崎は、そのときからもうこんなふうだった。


こんなに線の細い印象だっただろうか。


「無茶苦茶なことを言うと自覚しているが、聞いてくれ。……斎藤を此処に戻したい」


まるで独り言のように紡がれた言葉に、広間がどよめいた。

宮崎の表情はなにかをぐっと堪えたようにはりつめていた。
見たことのない宮崎の空気に、より広間の雰囲気が異様になる。


「ちょっと待て、靂。此処って…この建物にってことか?」

「…ああ」

「そりゃ、俺たち皆が斎藤には戻ってきてほしいと思ってる。でもよ、斎藤は…羅刹になったんだろ?」


斎藤はもうとっくに死んだことになっている。
羅刹になるとはそういうことだ。

それ以上に、羅刹という存在をこの場に置く危険度……、それがはかりしれないことは宮崎が知らないはずもない。


「靂くん、あなたの提案は羅刹を野放しにしておくという意味にもとれますが」

「羅刹の扱いは…、きっと俺が誰よりもわかってる。…山南さん、あなたよりも」


宮崎は伏せられた瞳をほんの少しあげて、なんとも痛々しい顔で微笑んだ。

山南さんがびくりと身をすくませる。

宮崎のその表情は、俺達の代表として問いかけた山南さんに罪悪感をも植え付けた。

誰もがこの時の山南さんに同情し、感謝したはずだ。
宮崎にこの表情をさせたのが、自分じゃなくてよかった――と。


「斎藤は俺がとめてみせる。羅刹はいつか必ず狂う……。でも、血に狂って人を殺すなんてことは、俺がさせない」

「どうやって……」


誰ともなくそう溢すと、宮崎はまた笑った。



「私は鬼よ」



胸を張って、誇らしげに――でも、とても痛々しく哀しげな瞳。笑顔。


「鬼が、羅刹を止められないわけがないでしょう。羅刹は、鬼の『出来損ない』なのだから」


そう言った宮崎に、俺は分かってしまった。

宮崎はまた、何かを背負おうとしている。


「宮崎――」

「土方?」


とっさに、自然に、俺は舞希を呼び止めていた。

瞳がかち合う。その瞳はやはり、どこか背徳的で。まるで、泣きたくなるように、なにかが込み上げてくる。


「大丈夫。私が止めてみせる。『私』はもう、一がいないと生きられない。そしてそれと同じように…一もあなたたち皆と戦いたいと思ってるのよ」


正直驚いた。

斎藤がそんなふうに思っていたということに。

そして、おそらく斎藤の心の奥底にあっただろう、決して見つけやすいはずのないその気持ちに、宮崎が気づいたことに。


斎藤は知っているのだろうか。
お前が気づいている以上に、舞希はお前のことをこんなにも――。


「だから、消させはしない。狂わせはしない。『斎藤 一』は、私が護ってみせる」


その悲しげな笑顔にどこか柔らかな慈しみが存在する。
その手で、心から大切な者を見つけ出した誇りとともに。


「一を私に護らせて。彼が私を、その命をも投げ出しても護ろうとしてくれたように」


鬼である宮崎と、鬼の『出来損ない』になった斎藤。
なんて歪で、不器用な姿なのだろう。
だが、確かに二人はお互いを理解し……歩み寄ろうとしている。

どちらが欠けても駄目なのだろう。

同じように、新選組に斎藤が欠けるのもきっと──。

広間に沈黙が落ちる。誰もが決断を下す一言を、踏み出せないでいた。
その場の空気を動かしたのは、やはり宮崎だった。


「もちろん、ただで条件を飲んでほしいとは言わない。もし一をここに戻してくれるなら──…」


すう、と美しい唇が冷たい空気を吸い込んだ。細い指が、自身の胸に触れる。


「私、羅刹隊に協力すると約束するわ」


彼女の口から落とされた言葉に、俺は頭をガツンと殴られたような気がした。

その場の他の者も皆、思い思いの表情で、それでも俺と同じ衝撃を受けていた。

誰よりも羅刹を嫌悪していた宮崎。その宮崎が、羅刹に協力すると。
彼女はするりと言葉を続ける。


「きっと、羅刹隊が組織として働くときが来る。羅刹はもう、新選組の一部。もういまさら投げ出すことなんてできないと、皆わかってるでしょう?」


あんなものを生み出して……もう放棄することなんてできない。
新選組にとって、将来重要な戦力になることもおぼろげながら見えている。


「新選組のためよ。そのためなら、もう躊躇はしない。私なら、羅刹を扱える。部隊を率いることだって容易いわ。最前で戦わせるなら、使ってくれて構わない」


山南さんを見れば、宮崎を痛みを堪えるような表情で見つめていた。今まで、羅刹を繁殖させる担い手であった山南さんが、それでいて、どこか憧れを抱くような眼差しを宮崎に送っていたのを、俺は知っていた。鬼として気高く生きる宮崎が、山南さんにとっては眩しいものであったことは間違いない。だからこその、表情だろう。


「本格的に羅刹の部隊をつくる、そのときまででいい。一を皆と一緒に戦わせて。私はそれを心から、望んでる」


羅刹の末路どうなるのか。寿命なんてものがあるのか。それすらわかっていない。

宮崎は知っているのかもしれない。羅刹の末路を。斎藤の末路を。
だが、それを口に出さないのはまだなにかにすがりたい心があるからだろう。


宮崎は羅刹である斎藤と、何かを遺したくて必死にあがいていた。



こんな宮崎の姿を……痛々しくも進もうとする姿を、否定できる者などいなかった。






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あきゅろす。
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