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肆拾壱 吐露


そよ風が晴れ間を遊ぶように吹く中、総司が段に腰かける。
目線で促され、私はその隣に腰を下ろした。


「いい天気だよね」

「……ああ」


総司は青い空をまっすぐ見上げていた。

私と総司以外、誰もいない境内。
総司の柔らかな茶髪がぬるい風に撫でられる。

沈黙を守ることも考えた。今の私は、率直な言葉でしか会話を始められない気がした。
でも、話さなければならない。


「――治療は、どうする?」

「…その聞き方、靂らしくていいね。わかってるくせに、相手に発言の権利を譲る」

「俺は、医者じゃないからな。患者の意思は優先させるつもりだ。ただ、それには言葉にしてもらう必要がある」


飄々と笑う総司の眼差しが、まっすぐな意思を宿す。
人間が何かを決意するときの、こういう瞳は好きだ。


「治療はいらない。そんなことをしている時間があったら、僕は近藤さんのために戦う」


そう言って総司は、真剣な瞳のまま仄かに笑った。


「……やっぱり総司だな」

「やっぱり靂だね。僕の思い、わかってる」


いままで総司を見てくれば、この選択はあたりまえだと思える。

いつだって総司は、近藤局長のために戦っていた。
だからこれからも、というのはこじつけだろうか。


「……でもね、靂。僕は少しだけ、君がひき止めてくれるのを望んでた」

「え……?」

「治療に専念して、新選組からも、近藤さんからも離れて、どこか遠いところで…って」


総司は空を見上げる瞳を複雑に揺らした。

その表情はいまにも泣き出しそうな――
彼らしくない、まるで「弱さ」を見せるような。



「……戦えなくなるのが、怖いって言ったらどう思う?」



青い空をうつしていた総司の瞳が、私に向けられた。

翡翠色の瞳は、涙の膜が薄く張っていて…それなのに、だからこそ、いつものように綺麗な色だった。


「いつかはきっと、この剣を握れなくなる日が来る。近藤さんのために戦えなくなる、その日が来たら、僕はきっと僕じゃなくなってしまう」


総司は近藤局長と戦うために、近藤局長を守るために、今まで剣を振るってきたのだ。
新選組随一の剣の使い手と言われるまでに至った所以は、その輝かしい才能だけじゃない。誰よりも、近藤局長のためにした総司の努力の賜物だ。


「君が、僕が戦うのを止めてくれたら、僕はきっと君のいうとおりにしたと思う。君が僕をひき止めた、だから僕は剣を手放したんだって…言い訳にして」


こんなこと、総司は言いたくないはずだ。それでも私に言ってきかせるのは、きっとそれ以上の決意があるから。


「それだけ…靂、君は僕の中で大きな存在なんだ。僕は君の望みなら、すべて飲み込む自信があるよ。君は、近藤さんとは違う意味で、……、…尊敬しているから」


総司は言葉を選びながら、彼が語れる精一杯を私に吐露する。


「医療担当の君が、治療を進めるのを望んでいたっていうのは医としての君を蔑んでいるみたいだから否定する。そうじゃなくて、君自身が、僕の言い訳のために治療を薦めてくれたら、……僕は楽な道を選んだんだろうなって」


それでも、総司は選ばなかった。

それは明らかに、私の行動ではなく、総司の心が決めたこと。


「君の言葉を盾にして、戦うことから逃げるんだ。……これって、やっぱりずるいよね」


総司は痛々しい顔に薄い笑いを浮かべた。

大きな決意をしたとき、人間はどうしてこうもせつなく、痛々しくも美しいのだろうか。


「僕は戦うよ。近藤さんのそばで。そして、君のそばで」


総司は、笑った。

せつないほど、優しく強い笑顔で。


自分の道を見つめ、強く立とうとする総司がまぶしくて、私は尊敬の意をこめて総司の手をぎゅっと握った。

目を見開く総司。


「総司、俺は、人間がここまで強いと思っていなかった」


少し斬り付ければ息の根は止まるし、病にか かれば抵抗もできずに果てていく。

いま触れているこの暖かな体温も、残ることなく消えてしまう。

でも。


「本当の強さは……そんなものじゃないんだな」


芯から強い者、誠に強い者は、その志こそが強い。


総司は得意気に笑う。


「言ったでしょ。人間でも、そこまで弱いつもりはないんだよ」


総司は私の手を、優しく握り返した。

生きている――そして、生きていく。
総司は総司の、大切なもののために。


「忘れるな。この道は、俺じゃなくて総司自身が決めた道だ。必ず、歩いていける」


総司はゆっくりと、力強く頷いた。




強い、強い瞳だった。

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あきゅろす。
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